昨晩観たテレビの出演者がこんなことを言っていた。
「悔しさが無いと夢は実現出来ない。」
夢を実現しようとすると、いろいろな障害や問題に突き当たる。
その時に悔しい思いをするけど、それをバネにすれば夢が実現出来る、
むしろそういう悔しい思いをしないと夢は実現出来ない、
ということらしい。
なるほどね~と思っている一方で、
何となく違和感も感じていた。
そのとき感じた違和感は今日になっても消えなかった。
考えるともなく、その気分を引きずりながら過ごしていた。
そしてさっき閃いた。
悔しいという感情が出て来ても、
それをその時に発散させないで溜めておき、
行動が必要な時に、そのエネルギーを利用するということだと思う。
ぼくはそういうことをやった経験はないけど、
仕組みは分かるような気がする。
悔しさや怒りのように強い感情は、
それだけエネルギーも大きいだろう。
それを行動に転換出来れば大きな仕事が出来ると思われる。
出て来た感情を別の時に利用するというのは、
感情を感じたときに発散しないで、
それまでその大きなエネルギーを溜めておくということだと思う。
これを感情を抑圧することだと考えると、
簡単なことじゃない気がする。
ストレスがかかる。
心の方は、
溜めているエネルギーを発散するために感情を出そうとする。
何かちょっとしたことでも、感情的になり易くなるだろう。
その期間が辛いだろうな~と思うのだ。
ただ、そういう風な戦略に則って頑張れば夢は実現出来る可能性が出て来る、
という考えだと思う。
ここまで考えて、これには前提が有ると気付いた。
それは、
「夢の実現は難しい」
という考えだ。
実現しないことが普通くらいの感じだろう。
だから、実現させるには頑張って無理することが前提となっている。
その上での、戦法を言っているのだろう。
ぼくが感じた違和感はここに有った。
そんなに無理することが嫌だな~と思ったのだ。
そんなに無理するくらいなら、
夢が実現しなくてもいいやと。
あれ?じゃあぼくは何も実現出来ないのだろうか?
難しい夢は実現出来ないかも知れないけど、
簡単な夢は実現出来るんじゃないか?
そもそも実現が難しい夢を実現するのと、
簡単な夢を実現するのと、
何が違うのだろうか?
自分の感じ方が違うだけだろう。
どれだけ満足感が感じられるかの違いということ。
ぼくは大きな満足感=判断結果を得るために、
自分に負担をかけるという選択は、もうしたくないと思う。
他人の賞賛を得たり、
尊敬されたりすることはないとしても、
自分を粗末にしないで済むならそれで良いと思うのだ。