この動画を観て感銘を受けた。
マドモアゼル・愛さんというこの方は、
何年も前から存じ上げていたが、
気にはなるが好きではないと思っていた。
でもこの↑動画は凄い!と感じた。
淡々と語られている、言われてみればその通りと感じる内容が、
自分に響いていると感じた。
ぼくにとっての創造って何だと思っていたか?
そして自分になるってどういうことか?
また、自分をどう捉えていたか?
など、自分の中を観察して確認してみようと思った。
以下、勝手に一部抜粋。
* * *
『彼らが一番恐れているものは人間の創造力なんです。
創造性なんです。』
『一部の知的に優秀な人たちがこの世を治めるという形。なんで知的かって言うと、よーく分かっているんですよあの人たちは。
知的に優秀で努力した人たちっていうのは、
復讐心を内包するようになって行くんですよ。
支配の根幹なんですよそれが。』
『植民地支配も、優秀な人に同じ人種を支配させる、上に立たせる訳ですよ。白人が上に立ってるんじゃないんですよね。
現地人の、白人に扱われている高級奴隷ですよね、をトップに据えて現地人を抑圧するという政策に出る訳なんですよね。』
『(ゲームやSNSでの他人の反応を気にして常にチェックしているというような)いくらやってもやっても何の創造の喜びに直結するどころか
むしろ反対のことで時間が取られて行くようなシステムが見事に充満して来て、その大本を辿ると人間の創造性を、
時間の意味でも肉体の意味でも教育の上でも発揮させないシステムが凄いなと思います。
それほど彼らは恐れているんです。創造性というものを。
具体的には天才的な人も恐れるけど、
そうじゃなくて個々の創造性の発揮を恐れているんです。
そんな創造とか創作って聞くと、つい自分なんか関係ないって思うじゃないですか。
実は顔はみんな違うじゃないですか。これって創造物なんですよね。全て違うんです。
だって、耳目鼻、ほとんど同じ物で構成されているのに何十億人居てもパッと分かる訳ですよ。凄いことですよ。創造物なんですよ。
芸術品なんですよ。どの顔もこの世にひとつしかない創造物なんですよ。』
『私なんかとか、私には創造性なんか無いということを当たり前のように強要する訳です。そして一部の、音楽だったら音楽で成功した人、
学問だったら学問で成功した人、経済だったら経済で成功した人を一部の成功者として崇め奉るような人気戦略を作って、
私なんかは何も無いという信仰を持たせられた訳です。』
『それは間違いなんです。創造っていうのは、何かトンデモ無い物を作るとか、芸術家にみんななるっていうそういうこととは別に、
自分が自分になるっていうことが創造だってことなんですよ。
自分が金太郎飴じゃないんだと、新たに正しい認識を持つことなんですよ。
何が出来るか分からないけれども、自己実現なんてのはそういう物なんです。』
『何か自己実現て言うと素晴らしいことっていう風に思うけれども、そうじゃないんですよ。
自分でしか出来ない、
自分でしか捉えられない創造の喜びなんですよ。
そしてそれはクオリティとあまり関係無いんです。
なぜなら内的喜びだから。
内的喜びだと数多くの芸術家とかに出て来ることにはならないかも知れないけれども、彼らはそれが怖いんです。
内的喜びを持った人間がみんなになっちゃうと
管理出来ないんですよ。
だから、彼らの目的は支配者の目的は、
個々の人の内的喜びを奪うことにある訳です。
そういうものが無いんだっていうこと。そして、幾多の芸能人はじめいろんな成功者を作って、
「はい、みなさんと違うでしょ。はい、みなさんとは違う人なんですよ。」という成功物語、そしてそちらに向かって頑張ってくださいねという
インチキ路線を作ってくださる訳ですよ。抵抗する方法は、自分の顔を認め、自分の存在を認め、
「私は金太郎飴じゃない。だって顔が違うもん。」という当たり前の事実に気付いて、
「なんだ。自分で良かったんだ。」
と内的喜びをもう一度再発見すること以外無いんですよ。
これが本当の闘いなんです。
理解していけば、アッと言う間に素晴らしい世界が訪れるという風に思っている。』
『自分があの様に表現出来ないとか、自分はあんな文章が書けないとか、自分はこんなに上手く話せない、だからダメなんだっていうそういう
インチキな、お仕着せ的な考えは間違いであって、植え付けられた物だってことです。自分を認めるのは自分でしか無いし、
自分が何者かを決めるのは自分にしか出来ないという、ごく当たり前の原点に私たちは戻って行くことで、知らない間に
「自分で良かった。だって自分以外出来ないもんね。」という当たり前のことになって行く。
そうするとこの世のシステムは瓦解して行くようになっていると言うことが一番分かり易い観方かなと思った次第です。』
