年末から体調不良が続いていると書いた。
子どもの頃からアトピーだったけど、
その痒みや掻きむしって出来た傷の痛さ、
見た目の醜さなど、誰にも相談出来ずに、分かってもらえるとも思ってなかった。
親にさえ分かってもらおうと思わなかった。
四六時中どっかが痒い自分と、あまり痒くならない他人だ。
まあ、あまりに違い過ぎる状態だったから、分かってもらおうなんて思えないわな。
自分はおかしいけど、何が原因なんだろうか?何が悪いんだろうか?
とか考えたことも有ったが、そんなのは答えなんて出ないし、
飲み込んだ生きて行くしかなかった。
だから、病気になってもその症状、特にアトピーに関する症状を誰かに伝えるとか訴えるという
発想自体が湧かないようになっていた。
そんなことをしても何も変わらないし、誰も得しない、みたいな感覚だった。
それが今日、自分の体調不良を書こうと思った。
なんでか自分でもよく分からなかった。
漠然と「?」を抱えた状態で、このブログを読んだ。
そして、ちょっと感じたことが有った。
ここで言われている「平気」って、
ぼくの場合は、どうせ言ったって意味無い、分かってもらえないみたいに思っているつもりだったけど、
それは弱音を吐きたい自分を抑え込むための考えだったのかも知れないな、と思ったのだ。
今も、共感を得たいとか思っている訳では無いと考えているが、
自分の本心は違うかも知れないなと思っている。
それが病気だろうが、傷だろうが、不幸な状況だろうが、
自分のことを自分のこととして表現出来ないって、
自分で自分を受け入れていないということなので、
実はストレスなのかも知れない。
自分の表現によっては他人から反感を買うかも知れない、
気持ち悪いと言われるかも知れないという、
その自分の考え自体が自分を傷付けているかも知れない。
そう、自分で自分をいじめていることに気付いていなかったんじゃないか?
と思い至ったのだ。
どんな自分でも、他人に恥じることなく居たいというのは、
結局は、最近友人に言われた、自分を最優先にするということにつながっていると感じた。
その言葉に影響されたから、
自分の体調不良のことも書こうと思えたんだな。
短時間で自分が変わったのが実感出来た。
こうやって少しずつ変わって行くのだろうか。
この変化の先には何が待っているのだろうか?
