子どもの頃から大人になってかなり経つまで、
信じていたことが有る。
まあ、人それぞれいろいろ有るよね。
その中で、やっぱそれは違うんじゃないか?
と思ったことが有った。
それは、
・自分のことは自分でやるべき
・他人に利用されたら怒るべき
みたいな考え。
この考えの前提には、
・ちゃんと考えたら分かる
・頑張ったら出来る
という考え。
でも今は、考えられる、頑張れるというのは才能だと思うようになった。
出来ない人には出来ないと思う。
同じように、
気付く、頼まれたことが出来るというのも才能じゃないか?
と思ったのだ。
これは今日急に思った。
自分のことは自分でやれと言われても、
それが自分のことのことだと気付けるかどうか?
という問題が有る。
気付けなければ、やろうというモチネーションにならない。
文章にすると簡単なことだし、当たり前だと思えるけど、
ぼくはこれが今まで分からなかった。
だから、何でやらないんだ?
楽しようとしてるに違いない!
ぼくにやらせようとしている!
ぼくを利用しようとしている!!
と自分の中で考えが進んで怒っていた。
これには、利用されるのは損させられているから怒るべきというのが有るようだ。
しかし、気付けるのが才能となったら話が違う。
これらの前提が崩れてしまう。
何でそんな才能を持っているのか?
与えられているのか?
と考えると、認めたくないけど結論はこれしかないと思った。
それは、
気付いたことを自分がやるため。
もちろん、嫌だったらやらなきゃ良い。
それはそうなんだけど、
ぼくの経験上、
気付いたことをやらないとなにかモヤモヤするのだ。
気持ちが悪いというか、
ぼくが気付いてやらなかった事がどうなったか
しばらく気になるし、それをやった人に対して罪悪感のようなものを感じる。
利用されなかったとか、無駄に働かなくて良かったと
自分を慰めてこれで良かったと済ませて来たが、
やっぱり何か気持ち悪かったように思う。
理由は説明出来ないし、
損してるだろうし、間違っているのかもしれないけど、
やるべき事に気付いて、誰もやらなくてヤキモキすることは
自分がやるべきことなんだと思う。
どうもそういうことのようだ、
と考えたらスーッとした。