秋山佳胤著『不食という生き方』の中に見つけた文章。
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例えば、「良いことばかり続く」と言える人は、良し悪しを飛び越えて考えることができる人です。
他人から見てマイナスに思えるようなことも、その人は「チャンス到来」と感じているのです。
逆に「悪いことばかり続く」と口にしている人は、ネガティブな感情が強い人です。そして、その人はネガティブに包まれる状態が気に入っている人ですから、思う存分、その状態を楽しむといいでしょう。
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もう十年以上前だろうか?
ポジティブ思考という言葉が流行ったことが有ったと思う。
物事が上手く行くようにするためにはポジティブ思考が必要とか、
ポジティブ思考だと良い事が有るとか、幸せに成れるみたいに漠然と思っていた。
でもそれが何なのか?どうすることなのか?がよく分からなかった。
物事を良く考える、物事の良い面を意識するというようなことかな?と思っていた。
でも、ぼくはそんなこと意識しても出来なかった。
そんな自分を責めたりして、逆にネガティブな気分になったりしいていた。
特にうつ状態になったら、そんなのは無理。
何か釈然としないものを感じていた。
この文章を読んで、そんなことが急に思い出された。
今考えると、
ポジティブ思考には2種類有ると思う。
ひとつは、物事を判断する時の判断基準を、
ポジティブ側に寄せるということ。
そうすることで、ポジティブと思えることを増やすという考え方。
もうひとつは、物事を判断しないということ。
つまり、ポジティブとかネガティブといったレッテルを、物事に貼らないとも言える。
レッテルを貼るというのは、外に有る物や事柄から、自分に必要な情報だけを取り出して自分の評価を下すということ。
記号化すると言うか、そのもの自体では無く、頭の中に作り出したイメージとすり替えると言うこと。
それをしないということは、対象である物や事柄そのもの自体を、「それ」として扱うと言うか、
それを分かったとしないと言うか、決め付けないと言うか、未知の部分が有るモノとすると言うか。
だから判断したり区別したりしないし出来ない。
区別しないから、全部ポジティブなのだ。
そして実は全部ネガティブとも言える。
前者は思考する上での技術だと思う。
しかし、やっていること自体はポジティブ思考もネガティブ思考も同じなので、
大きな変化は無いように思う。
後者は思考を捨てるということかも知れない。
捨てないまでも、思考に頼らないと言うか。
つまり思考頼りの他人軸の在り方を止め、
自分本位の自分軸の在り方に成るということ。
判断しなから、幸せか?不幸か?という判断もしない。
だから不幸だと思わない。
それで幸せなのだ。
著者が何を考えて上の文章を書いたかは分からないが、
ぼくはそんなことが思い浮かんだ。