自信について、以前にも書いたことがあった。
今日までにちょっと考察が進んだ気がしたので、
また考えてみたい。
自信とはどうやって、持つ?付ける?
ことが出来るのだろう?
ぼくは成功経験を積むことが自信につながるのかな?
と思っていた。
勉強が出来る、スポーツが出来る、
仕事が出来る、楽器が弾ける、笑いが取れる、
などなど。
そういう自信の付け方は、
実は成功体験を続けなと維持出来ない。
例えば、テストで90点取って、凄いとなっても、
次に50点だったら自信にはならない。
毎回90点をキープ出来ないと自信が持てないだろう。
また、成功体験によって自信が持てても、
大きな失敗体験でそれが吹き飛ぶことも有る。
テストの例で言うと、90点取っていても、
一度0点を取ったら自信が持てなくなるだろう。
これとは異なる自信の持ち方が有るようだと思う。
いわゆる根拠の無い自信だ。
他人に説明は出来ないけど自信を持っているという状態。
どうやったらこういう状態に成れるのか長い間不思議だった。
しかし最近、自分の中でこういことかな?
という仮説が浮かび上がって来た。
まず、上に書いた2つの自信は、
違うモノじゃないか?と思うようになった。
成功経験からの自信は、自分による自分への判断、つまり考えから生まれる概念だろう。
自分の能力や才能から来ているように思えるが、
よく観察すると自分の実績への評価から来ている。
実績というのは、生きているとどんどん更新されるので、
「出来た」という実績はあっという間に風化する。
だから成功体験をし続けないと維持出来ない。
これに対して、根拠の無い自信とは、
自分による自分への判断をしていない状態だと思う。
つまり、何かが有るのでは無く、自分への不信感が無いから、
見た目には自信があるように見える。
自信が無いとか、自信を付けたいと考える人は、
その前提として自分への不信感が有るのだ。
だから、自信を持つための根拠が必要だと考える。
赤ちゃんや幼児は、他人の気持ちや状況を考えずに
自分の欲求に正直に行動する。
あれは自分に対する、と言うか正誤の判断自体が無い状態だと思う。
根拠が無い自信を持っているからだと考えたときに腑に落ちた。
たぶんぼくのように自信が無い人は、
生きて来たどこかの時点で、
自分に対する不信感を持ったのだろう。
それを経験していない人は、
子どもの頃から自信満々で生きているのかも知れない。
じゃあ、一度自分に対する不信感を持つという洗礼を受けた人は、
もう二度と根拠の無い自信は持てないのか?
不信感は無くならないのか?
どうやらそうでもないらしい。