自分=思考ではない | 自分世界探検家のブログ

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人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

「我思う、故に我在り」

デカルトが自著に記しているとかなんとか、

昔習った気がします。

 

ぼくはそれ以降、何となく自分=思考だと思っていました。

 

だから、思いついたことはちゃんと考えないといけないと思っていました。

いつも何かを考えていました。

まあ、過去に起こったことを思い出して、

怒ったり、後悔したり

未来を想像して怖れたり先に対策を打ったり

今思うとほとんど無駄なことをしていた気がします。

 

しかし、それが上手く行く秘訣ぐらいに思っていたし、

何より自分=思考ですから、

思考が最優先みたいな生き方でした。

 

思考最優先というのは、気持ちや感情は無視するという感じです。

よっぽど強い感情以外は思考が優先です。

正しい事、得することだったら嫌でもやるという感じでした。

 

あるとき適応障害という診断を受けることになります。

それで初めて自分の生き方に疑問を持って、

それまで存在すら知らなかった、スピリチュアル系の本なんかを読み始めました。

 

そこで初めて、自分は思考ではないという考えに触れたんだと思います。

 

よく観察すると分かりますが、

思考とは別に感情や気持ちといったモノが出て来ます。

そして、何も考えていないとき、ボーッとしているときが有ります。

このとき死んでいる訳ではないですね。

 

ぼくは一足飛びに自分が思考ではないと気付いた訳ではなくて、

最初にその考えに触れてから、いろいろ経験して、納得して行った感じです。

 

そして、自分=思考と思っていたのは、

思考の中に、自分のデータベースを作って、それを自分だと思っているからだと分かりました。

自分のデータベースとは、自分に関する情報の塊です。

名前や家族構成、肩書き、経歴などなど、

自分に関する情報は沢山有りますが、それをいくら集めてもぼく自身では無いでしょう。

でも、それを自分だと勘違いしていたのです。

 

 

じゃあ、自分とは何か?

身体があってこれを操作し、思考や感情を生み出す何か。

でもそれが何かよく分からない。。。

 

今の結論としては、思考じゃないとは思っています。