「我思う、故に我在り」
デカルトが自著に記しているとかなんとか、
昔習った気がします。
ぼくはそれ以降、何となく自分=思考だと思っていました。
だから、思いついたことはちゃんと考えないといけないと思っていました。
いつも何かを考えていました。
まあ、過去に起こったことを思い出して、
怒ったり、後悔したり
未来を想像して怖れたり先に対策を打ったり
今思うとほとんど無駄なことをしていた気がします。
しかし、それが上手く行く秘訣ぐらいに思っていたし、
何より自分=思考ですから、
思考が最優先みたいな生き方でした。
思考最優先というのは、気持ちや感情は無視するという感じです。
よっぽど強い感情以外は思考が優先です。
正しい事、得することだったら嫌でもやるという感じでした。
あるとき適応障害という診断を受けることになります。
それで初めて自分の生き方に疑問を持って、
それまで存在すら知らなかった、スピリチュアル系の本なんかを読み始めました。
そこで初めて、自分は思考ではないという考えに触れたんだと思います。
よく観察すると分かりますが、
思考とは別に感情や気持ちといったモノが出て来ます。
そして、何も考えていないとき、ボーッとしているときが有ります。
このとき死んでいる訳ではないですね。
ぼくは一足飛びに自分が思考ではないと気付いた訳ではなくて、
最初にその考えに触れてから、いろいろ経験して、納得して行った感じです。
そして、自分=思考と思っていたのは、
思考の中に、自分のデータベースを作って、それを自分だと思っているからだと分かりました。
自分のデータベースとは、自分に関する情報の塊です。
名前や家族構成、肩書き、経歴などなど、
自分に関する情報は沢山有りますが、それをいくら集めてもぼく自身では無いでしょう。
でも、それを自分だと勘違いしていたのです。
じゃあ、自分とは何か?
身体があってこれを操作し、思考や感情を生み出す何か。
でもそれが何かよく分からない。。。
今の結論としては、思考じゃないとは思っています。