待ち合わせをして相手が2分遅れて来ました。
遅れて来た相手は詫びたり良い訳したりするかな?
と思ったのに、何も無かったように普通にしています。
別に2分くらい遅れても問題ないだろとは思うのですが、
待っている間から何かモヤモヤしていました。
怒っているような、不安なような変な気分です。
心の隅で、遅刻すんなよ!
と思っていました。
* * *
ステーキを焼いてもらいました。
包丁で切ってくれていたのですが、
端っこがつながっているのが何か所か有り、
ちょっと食べにくかったと感じました。
切ってくれて助かるな~とは思っていましたが、
何かモヤモヤしていました。
怒っているような、淋しいような変な気分です。
心の隅で、ちゃんと切れたかどうか確認しろよ!
と思っていました。
* * *
あるワークショップに参加しました。
2人で組になってワークをするというシチュエーションで、
ぼくの近くにはぼくを含め3人居ました。
ぼくが
「誰が組むか相談しましょう。」
と言うか言わない内に、
ぼく以外の2人が組んでいました。
何かモヤモヤしていました。
怒ってはいるのですがそれだけじゃない、
不安なような変な気分です。
心の隅で、コイツ等信じられん!
と思っていました。
* * *
ぼくは自分が面倒くさい性格なのは分かっていましたが、
これらの場面に直面すると、
決まって怒りと不安と当惑が混ざったような、
落ち着かない気分になります。
これが何だか分からなかったのですが、
今日読んでいた本の一文を見て、
「これだ!」
と思いました。
その一文がこれです。
『自尊心・プライドを手放すことは、〈私〉の価値を失い、〈私〉を否定し、〈私〉がいなくなってしまうように感じるかもしれません。』
オレ様を待たせるとは!
オレ様に食べにくい肉を出すとは!
オレ様を仲間外れにするとは!
という感じでしょう。
プライドが傷付けられた!
となっていたようです。
そんな、ぼくに敬意を払ってくれない他人、世界に対して
「信じられない!」
といちいちショックを受けていたようです。
考えてみれば、ぼくは他人のプライドも尊重して来たようです。
それなのに、ぼくのプライドを尊重しない輩が居る、
そういう世界に住んでいる、
ということが不安や恐怖の原因だったと思います。
こんなに面倒くさいことをしていたとは!
我ながら気付いて驚きました。
こういう思考の癖は、
おそらく幼少期に身に付けたと思われます。
それを後生大事に守り続けて生きて来たのだと思うと、
いじましい気もします。
でももう、手放したいです。
今後はもっと楽に生きて行きたいと思います。