正しさよりも自分らしさ | 自分世界探検家のブログ

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人はみんな自分の信じていることに基いて、全てを解釈しています。
だから、全ての人がそれぞれ自分の世界に住んでいるとも言えるでしょう。

ぼくはぼくの世界を探検しながら、気付いたことや発見したこと、気になったことなどをここに記録しています。

ぼくはずっと今の自分ではない別の何かに成ろうとしていた、

そうやって生きて来た気がします。

 

子供の頃は勉強しましたが、

その目的は簡単に言えばテストで良い点数を採ること。

 

それは、良い点数採れる方が有利だから、

と漠然と思っていました。

 

こんな点数じゃダメだ。

もっと勉強しなきゃ、

という訳です。

 

だってそうしないとダメでしょう?

誰だってそう思うでしょう?

今のままの自分じゃダメでしょう?

このままじゃ将来不幸になるよ!

 

つまり、今自分が採れる点数よりも、

高い点数が採れる自分に成ろうとしていた感じがします。

この考え方の裏には、

今の点数を採れる自分の否定が有る気がします。

 

 

でもぼくは、同じことを形を変えていろいろとやっていました。

 

進学も。

就職も。

会社での業績、つまり昇給や昇進も。

 

興味の対象は事柄です。

正確には、事柄に対する自分の判断です。

 

それは正しいのか?

自分の間違いは正さないと!

それは良いことなのか?

悪いことしたら責任を取らないと!

 

いつも何かを判断している。

いつも世界を裁いている。

 

今の自分、今の世界を否定して、

より良い状態になった未来の自分や世界を目指して来ました。

 

今の自分、今の世界の否定しながら生きて来ました。

 

 

これって自分の本心なのでしょうか?

本当にやりたいことなのでしょうか?

 

こういう人生を生きるために生まれて来たのでしょうか?

 

どうも違う気がしていました。

でも、正しいのが良い!

という理屈を論破出来ないから、

この理屈に屈して、

つまり思考に屈して生きて来ました。

 

そう、思考に従って来ました。

 

思考の土俵から自分を世界を見てました。

 

 

自分変えるための努力をしたいのか?

自分が変わる過程も楽しく安心して居られるのか?

なんてことは度外視です。

だって有利になった方が絶対いいに決まっているから、

と頭から決め付けていました。

 

本当にそういう時間を過ごしたいと思うか?

という自分の気持ちは無視していました。

 

でも、生きてるのは自分でしょ?

自分が思考しているんでしょ?

 

思考に嫌々従うっておかしいですよね?

 

そのことにやっと気付きました!

 

 

そして思いました。

 

ぼくは自分をどれだけ粗末にして来たのだろう?

それなのに、自分は今まで生きていてくれました。

とても健気で愛おしいです。

 

ぼくは正しく成りたいんじゃなかった!

欠点を直したいんじゃない。

それも含めてぼくなんだ。

 

ぼくらしく在りたいんだ!

そのままのぼくを認めてもらいたいんだ!

 

 

ぼくは世界を正したいんじゃなかった!

世界を楽しみたいんだ!

そのままの世界を楽しみたいだ!

 

 

今朝、そんなことに急に気付きました。