アクチュアリー会の講座が13日(木)から始まった。

木曜は生保数理day。
10:40~12:10 大学で生保数理の講義。
13:10~17:30 アクチュアリー会で生保数理講座。

話は変わって。

内定先からアクチュアリー支援体制についての説明を兼ねた
アクチュアリー懇親会の案内メールが来た。

内定期間中から支援してくれるのはありがたい、
がプレッシャーも掛かる。

今年は初めて個人会員としてではなく受験することになる。

残り7ヶ月。


夜中の4時前にロンドンからメールが来た。

「論文について、さらにとても小さな改訂が望まれます。
 ○○の段落の最後の英文だけ以下のように書き換えてください」

朝の6時に指導教官からメールが来た。

「査読者に言われたとおりに投稿してください。あと一息です」




正午前には投稿を終えた。

3度目の改訂であった。
ロンドンとの時差は9時間。
時差を考えると、そんなに急がなくてもいいわけだが。
諸事情あって、一刻も早くaccept[受理]されたかった。

25日までに受理されるかどうかで将来ががらりと変わる。
来年から給料がもらえるか、もらえないかの瀬戸際なのだ。

論文の事務局が動き出すのはロンドンの朝の9時くらいだとすると、
こちらでは18時くらいになるのだろうか。

正午には投稿を終えた。


今日は忘れられない1日となった。


15時過ぎ、ロンドンからメールが届いた。




去年の12月10日に論文を投稿してからちょうど半年。

1月に最初の査読コメントをもらった。

改訂作業は予想以上にしんどいものだった。
片っ端から論文を調べた。
22歳のうちに、といって3月31日に改訂第1版を投稿。

2度目の査読の後も、4月中に、とムリをして4月30日に改訂第2版を投稿。
これで完成か。

実際、実質上はこれで終わりだった。

今日のは改訂というほど大それたものじゃなかった。



Your manuscript entitled [中略] has now been accepted for publication
in Monthly Notices of the Royal Astronomical Society Main Journal.


accepted!!!!!!


2時間後、指導教官がデスクにやって来た。

握手を求められた。

「ここ数年で、一番の論文じゃないかな」

一通り褒めちぎられた後、今後の訓示を与えられる。



アーカイブに出たら、もう次の論文をとっとと出さないといけない。

世界は広い。
君が今回の論文で示したやり方を見て、
今後僕らがやろうとしているアイデアを
同じように思いつくやつがきっといるだろう。

アメリカにいるアジア系の研究者なんかこわいぞ。
彼らは寝ませんから。

特に若い元気な研究者がとびつくだろう。

君は、それより早く論文を出版しないといけない。

Exclusive License Form を提出してアーカイブに論文を載せたら、
もう世界との勝負は始まりますよ。


修士に入ってきてすぐ世界の戦場に飛び込めたことは認める。

本番はこれからですよ。

一通り今回のテーマでサイエンスを開拓したら、
きっと他の連中が僕らの研究を基礎にしてこまごまとした計算を始めるだろう。

そういうネチネチした研究はあんまり好きじゃないから、
みんなが追いついてきたころにはまた別のサイエンスを開拓しましょう。


給料がもらえる(可能性が95%超え)♪
っていうのはどっかに吹っ飛んだ。

握手の感触は、もう消えた。

旅を、始めますか。世界を舞台に。
今年度の目標を優先度順に並べてみる。

・大学院修了。
・生保数理合格。
・TOEIC S:150,W:160

当然、大学院修了が一番重要。
無事に修了できますように。

次は、生保数理。
今年は修論があるので欲張らずに一科目。
5月からアクチュアリー会の講座(生保・年金)に参加。
年金数理も講座を受講するが試験を受けるかは未定。

最後はTOEIC SW。
TOEICは900を越えたがアウトプットが悲惨。
大学院で英語でのプレゼンテーションについて学ぶ講義を受けているが、
周りとのレベル差にショックを受けた。
今年はスピーキングとライティングを強化。

さて目的地まで進むか。
お世話になった方々への進路報告をもって、

長きに渡る就職活動は幕を閉じた。

結果として就活ノートの最初のページに書いてある企業、

つまり一番最初にセミナーに参加した企業に就職することになった。


2009年5月27日の日記が始まり。

2010年4月9日の日記が終わり。


いくつもの出会いがあった。

人事の方々。アクチュアリーの方々。就活仲間。

本当に人に恵まれた就職活動だった。


いくつもの別れがあった。

「一緒に働けなくて残念だけど、君ならどこでも活躍できる。」

「会社は違えど同じアクチュアリーとして今後もよろしく。」

思わず涙が零れることもあった。


皆様、本当にありがとうございました。

今後ともよろしくお願いいたします。


気が向いたら就活の詳細について追記するかも。