タイトルはてきとーww

忙しいのを理由にブログを書かないと、いつまでたっても更新できないことに気づいた。
そりゃあ、ブログを書くのなんて優先順位は低い項目なんだから、新しい用事にさっさと順位をぬかれてしまう。

最近の俺;
予想通り論文を書く作業は面倒だ。
それは、紆余曲折した研究の道筋を、理路整然と伝えなければいけないから。
論文を書く作業は、研究の一部分でありながら、「研究」っぽくない。

では、今年1年を振り返ろう。
野球を引退してから1年未満だと言うのが信じられない。
全く打てないw
6月に東大野球部は引退。打率。250でリーグ6位だった。
8月にはオールスターもいった。院試もあった。
9月には口頭試問もGKもry)
10月に研究を始めて、12月に一通り結果を出した。
1月にはさらに深い研究を始めた。
でも1月に、「12月の結果がもつ本当の意味」に気づき、そこからはそっちに傾倒。
2月の発表会を終え、今は論文を書いている段階。
海外発表が8月に待ち受けている、かもしれないww

大学に入ったばかりのころ、11が夏合宿でぼやいていた。
「高校3年間一緒にすごしたオレらが仲がいいのはいい。
なんで出会ったばっかりの連中で仲良し、みたいにならなきゃいけないんだよ。」

この4年間で、その疑問が解けた気がする。

むしろ中学高校時代が異常だった。
毎日決まった時間の電車に乗り、同じ人間と顔を合わせ、与えられた同じ席に座る。

大学に入ると人間関係は一部を除くと稀薄。
稀薄だけれど、人間関係の幅は大きく広がった。
思春期が終っただけ??www

それまでと同じようにして人間関係を作る一方で、はじめは稀薄な関係性から友だちを増やしたり、先輩や後輩と繋がりをもつようになる。
バイトをすれば社会人とのつながりもふえる。
「教え子」というカテゴリの人間がふえる。

俺は東大以外目もくれずに高校時代をすごしたから、他大学(境遇が原因だが早稲田はのぞく)の連中に対してなんというか変な優越感があって、
「上智の理工学部です」
「(ふーん)」
みたいなところがあった。
学年がすすむと、東大が強い部分、東大が弱い部分、というのがみえてきた。
一方で、人間を知れば知る程、大学の垣根を超えて「同年代」というアイデンティティーみたいのを獲得するようになる。
今おもえば、野球で他大学の選手やマネージャーとつるむようになって、それから人間が変わったようにおもう。
そういうつるみが増えたのは、連盟委員という役職についたからなのだけれど、その役職についたのがそもそも早稲田実業の友だちが早稲田のチームの中核にいたからだというのだから、不思議なもんだな。

俺は研究者を目指す以上、人間関係は閉塞的になるだろうと予想している。

今のスタッフの略歴をみても、社会に一度も出ずに教授になったりしているパターンが圧倒的だ。
専門の分岐がはなはだしい。
学年が上がれば上がるほど、まわりには同じような考えの人間が濃集するようになる。

幸い、「学際」が騒がれるようになった。
分岐した「知」を統合する時代になった。

俺は、例え話が大好きだ。
具体的な事例をひとつ上の概念に昇華する。
その昇華された、ワンランク抽象的なアイデアをもう一度具体性に解かすと、
もとの事例とは全く別の具体的な事例にリンクできる。
それが心地好い。
「物理学は統一の学問」だという。
たとえば、「電磁気力」と「重力」を同じコトバ(式)で表現できれば、ノーベル賞がもらえるだろう。
それと全く同じなのかもしれないが、別に俺が例え話が好きなのは、すこしちがう意味かもしれない。
これこそが一番納得させられる説得方法だからというか。
美しいまでにすうっと頭にはいって来る例え話と言うのは、芸術に似た心酔感がある。
綺麗に韻を踏んだ歌が心地好いのとおなじだろう。

「例え話がすき」という俺の性質は、そのまま俺の研究スタイルをきめるようなものではない。

そんな単純にはできてない。

でも、例え話が上手になるには、いろんな世界を知っている必要がある。
そのせいか、自分の知らない世界を知っている人間には憧れと言うか単純に興味が自然にでてくるもので、専門がちがう人間が俺の心を充たすのに大きな役割をもっていた。

「お前がミクロスコピックな系のスペシャリストになるなら、俺は宇宙のスペシャリストになろう。これはあてずっぽうでしかないけど、いつか二人とも 大成したら、共同研究ができるかもな。でも不思議と、そこに行くまでの道筋でお互いを必要になるだろう気がする。同じ方程式系に支配された世界に住んでい る以上はな。」

大学1、2年次の友だちは今でも重宝wしている。

目の前がみえなくなると、左右を見まわす。
それからもう一度眼をこらすと、不思議に力がわいてきて、目の前もみえるようになってくる。

「やった。これでまた金曜日までがんばれる。」

もちろん、希望の眼差しで未来は見つめていたけれど、長いスパンでは先がみえなかった。
そういう意味では継ぎはぎの毎日だったけど、だからこそ一瞬一瞬が最高に楽しかった。

振り返ると楽しいことばかり思いだされる。
辛いこともあった。
決して涙もろい人間ではないのに、よく泣いた。
廻りの眼を気にしてか、声を出して泣けない自分がはがゆかった。
でも、たくさん笑ったんだと思う。
いろんな出会いがあって、毎日成長できた。
切瑳琢磨して、言いにくいこともばんばんいってくれた仲間に感謝したい。
なんだかんだで優しくつつみこんでくれた家族に感謝したい。
でも、一番に感謝するべき相手は、神かな。
「過去は変えられない」という法則を創った神ね。