こんにちは。千葉市内はよく晴れていて、風も気持ちいいです。むわっとする暑さが減ってきましたね。お日様が気持ちいいです。

ここずっと、心が安定していて、生活するって愛おしいなぁ、て思います。勿論、嫌なこともあるけど、大したことじゃ揺れなくなったし、素敵な大人の女性に向けてまずは第一歩!?、な顔しています(笑)もう四捨五入したら30ですからねぇ(苦笑)

何もかも全部は当たり前じゃないんだなぁ、っておもう。全てに感謝できるほどの器は到底無い。でも、この世界の全ては、当たり前じゃない。いつだったかの藤くんの、「生きててくれてありがとう」の意味が最近わかった。

いつか命は消えてしまう。だから怖いんじゃない。私には身体があって、いろいろな経験ができる。考えることも。笑うことも泣くことも。大切な人と関わることが。消えてしまうまでに色々経験しないと勿体無い。くよくよ苦しい思いしているよりは、楽しい思い出でいっぱいにしておいたほうが断然いい。だっていつか消えてしまうんだから。ならばこの世界の全てを愛おしさで埋め尽くしてしまいたい。

何か大変なことが起きても、それが行き着く先を思えば、ひとつひとつ逃げずに向き合って行くことの素晴らしさを知る。


さて。物件探しで忙しくしています。引越し大変そうだけど、気楽に行くとします。彼の家の洗濯機を回していたら私の家のタオルが出てきました。無いと思ってたのよこれ(笑)





羊水穿刺という言葉は、関係者じゃなければ知らない言葉だと思う。赤ちゃんがお腹の中にいる時から、赤ちゃんに先天性の病気がないかどうかを調べる検査のこと。20週までならおろすことも出来るので、結果によっては、小さな命を殺してしまうことになる。

じゃあ、羊水穿刺をして、赤ちゃんに先天性の重大な障害がわかった場合、自分は、小さな命をおろすのかどうか。

筋ジストロフィーという疾患がある。徐々に身体の筋肉が衰えて、最終的に自分で心臓すらも動かせなくなってなくなってしまう病気のこと。予後不良と言われる。寿命は人それぞれで、数年の場合もあれば、40、50代や、その他様々。

嚥下が出来なければ毎日、口に入れたチューブから何回も吸引をしなければならない。歩けなければ車椅子は手放せない。家で親が介護を希望すれば、訪問看護を利用しながら、一時も離れず介護を受ける。呼吸器から外れないままの場合もあれば、24時間つきっきり。

筋ジスだけじゃない。ダウン症などの染色体異常、その他、様々な病気。


きっと、障害を持っていても、幸せになれる。生まれて来てよかった、って心の底から思えるだろう。そんな出会いが、生きていればいっぱいあるはず。結局、障害があろうがなかろうが、人は幸せを生み出すことができる。

それでも私は、もし自分に疾患があって、ハイリスク妊娠でフォローされていて、羊水穿刺をする機会があったとして。重大な病気の子どもが生まれてきますよ、と、言われた場合。私はおろします。

愛する子どものためなら、どんなに苦労しても、育てる覚悟はある。けど、自分の愛する子どもが、苦しい思いをするなら、それを摘み取りたいい。きっと、それは、その子の意思ではないからして、私の意見の押し付けになってしまうよね。けど、リストカットした自分の腕を見ると、もう誰にも辛い思いをして欲しくない、って心の底から思うから。

それが、私の意見の押し付けだ、ってことはわかる。その子が生まれて、何を思い何を果たすかなんて、その子の人生なのだから、私が決めるのは甚だ可笑しいだろう。でも、親と子であるからして、私は、中絶を選びます。

私は、自分の腕を見て、別にもうなんとも思わない。これがあったから今の幸せがあるのだし、尊い気持ちになる。けど、誰かが苦しい思いをするのはもう嫌だから。


命を殺していいのか?尊い命を殺す権利なんて誰にない。確かにそうはおもう。けど、結局、命は多数の中の一つに過ぎなくて、その命が尊くなるのは、後天的な事柄によって、だ。地球や宇宙から、人間、を考えると、繁殖が目的にしか思えないからね。

確かに命は尊い。それは命だから。でも、手放しに全てを生かそうなんて思わない。殺して良いはずもないけどさ、結局は私たちは人間なの。脳みそに大きく左右される生き物。声高らかに命を中絶するのは間違いだ、と、いう意見を他人に押し付ける考えは大嫌い。

命は尊い、と、いう考えを他人に押し付ける人が大嫌い。じゃあ、命の何を知っているの?向き合っても向き合っても、感じても感じても、色々に考えてなやんでいる人たちを知れば知るほど、命は尊いのだと主張する人間がますます憎くなる。

ごめん、うまく伝えられないし、まとまらないけど。
関連性が良くわからない。
ので、なんとも言えない。
とりあえず、体調が悪かったのは、11、12、13の3日間。
ここに関連性があると言えばあるし、なんとも言えない。あの身体の浮遊感があったから、外に出たくなかったし、人と接触をしたくなかった。あの浮遊感がくると、指先すら動かせないし、勿論、ベッドから起きたくもないし、意識を保つのがキツイ。身体がまるで動かないし、脳みそも働かない。
理由や原因はハッキリとは不明。
これを証明するにはもう少し勉強しないとならないな。でも、これが判明すれば、とても、画期的だと思う。

まぁ、今はもとにもどってます。

とりあえず、脳みその時間感覚が変です。些細な悩みが、全ての通過点にしか感じない。人生の細やかなチェックポイントを、たんたんとクリアして行って、でも、野心的な目標があるわけじゃない。あらゆる問題に対して、自分がそれをクリアできることを知っているから、ただ、真っ直ぐ向き合って解決するだけ。あれだけあった迷いや恐怖心がかわいいものに思える。別に頑張ってるわけじゃなくて、頑張るイコール首を閉めることがどれだけ必要ないか悟っただけ。全ての出来事が、大きな流れの一つで、それがどこにたどりつくのかを考えるととても愛しい。

変な宗教なんかには入ってないのであしからず。洗脳とか没個性とか嫌いなのでね。



なにもかも、ぜんぶ、捨ててしまいたい。過去の思い出も、人も、全て。

自分を守る為に新しく作り上げた今で、全てを塗り固めて、安心の中に生きていたい。

だから、さようなら、望んでない人たち、みんな。みんな。好きな人も嫌いな人も、今は関わりを望んでないから。一人暮らしを始めてからの私と、その前の私では、大きく変わったね。

私を脅かす全てを、拒絶します。

もう何もいらないよ。私は楽しい未来を私のためだけに作っていきたい。散々頑張った。でも成人君主にはなれない。優しい人間になんてなれない。全てに感謝できる人間になんてなれない。私は自分を守ることに精一杯なちっぽけな人間です。

でも、そんな自分を許します。そんな自分だって認めるよ。

もう、嫌なものを望んだりしない。自分に嘘はつかない。今、この手で作っている今が、とても幸せだから。誰にも壊させない。私には私の感情がある。邪魔させやしない。誰かの二の次にしない。



こんな我儘な自分が、ずっとどこかにいたのに、目を背けていた。自分さえも愛そうとしなかった。綺麗な自分でいたかった。

なんだか自分でも上手く説明できないのですが、先月起きた、数年ぶりの過呼吸発作を最後に、不定愁訴がなんにもさっぱりないんですよ。心身の不調がさっぱり無い。ふらふらして意識飛びそうな感覚もないし。身体のあちこちの痛みもないし、重みも無い。あれほどまでに支配してた永遠の孤独が探しても見つからない。あの瞬間から色々なものがボロボロと落ちてしまって、それで、色々なわだかまりがここぞとばかりに溶けてくれた。勿論母親のことも。焦りも不安もなにもかも。

別に何があったわけじゃないのにね。過呼吸発作を6年ぶりに起こしただけなんですけども。でもそれ以来、身体が凄く軽くて、心が穏やかなままで。一度も鬱にならないんですよ。はて。…なにこれ?

果たしていつまで続くのか。でも、PMSの症状がなんにも出ないんですが、何が起きたんでしょうか?