深い瀬、砂の香-image.jpeg

こんばんは。12月に入り、ますます寒くなってきましたね。なんだか、12月に入った気分があまりしません。月日の流れが早過ぎて、時の概念がもう最近なんだかよくわかりません。歳でしょうか(笑)

色々な問題が視覚化しては解決する、というスピードが本当に早くて、目まぐるしいかと思えば、でも、そうでもなくて、それにたえうる自分がいて、


でも、長いこと彷徨って、しっくりくる道をずっと探していたのが、やっとあるべき道に乗り始めたのかなぁ、と思う。

自分があるべき姿。ありたい姿。
それがなんなのかよくわからなかった。24年間ずっと。
手当り次第に漁って、これだけかかってようやっと、しっくりくるこの道に乗り始めた。

てことはこれから、なんだよね。
私がやりたいこと。

少しずつ、ね。




社会に出て、人と会話する、っていうコミュニケーションが苦手だったんだよね。人見知りだとばかり思ってたけど、そうじゃなくて、言葉でコミュニケーションすることが、私は苦手。それに気づくまでここまでかかった。コミュニケーションは、何も言葉だけじゃない。芸術方向だって、それ以外の方法だってある。人と繋がれる。私が嫌ってた孤独を望む人間ではない。

出来ない出来事を攻撃しなくても、いいんだよね。頑張ることで、立ち向かうことで得ようとしなくてもよくて、笑って得るそれでもう十分なんだろう。愛ってやつは。勝ち負けとかの時間はもう終わり。そう、もう終わり。

今までやってきた小説や詩や音楽は、逃げなんかじゃなかった。だから、それでもう十分。

自分が自由であることを、許していいね。


詩とか、音楽とか、小説とか、そういったことで縛らない。自分がしたい表現をしていい。人と真理で繋がる為の表現方法は、私が私の中で一番よく知っているから、

もう終わり。


人見知りだという側面ばかり見ていて、私の中ではその割合が何時の間にか何よりも大きくなってしまっていたんだろう。必要な出会いはちゃんとしていたのに、私は私のマイナスしか見てなかった。なんか、そう思ったら、職場で会話が下手くそな自分を許せてしまった。


うん。フラワーエッセンスには確かに、私の心身を整えるのにとても助けて貰ったけど、私がこれからこの道を踏みしめていくのにはオーラソーマの方があってる気がするんだよね。色彩心理学とヨガの世界のチャクラとかオーラとかの概念から成り立ってる不思議な世界で、凄くしっくりと私にハマってくれた。色、心理、その世界は、今まで私が表現を選ぶ時に必ずチョイスしてるエッセンスだったから。これに出会ってから、ああ、あるべき道に乗り始めたな、と実感したからね。これは直感だけど。

スタート地点。
これは断言するよ。


そんな訳で、変幻自在な目標への道を延々と模索していくわけです。

添付はオーラソーマのイクイリブリアムボトル43番。一番目に選んだやつ。

鎌倉の方へ行ってきました。あっちの方は街並みがオシャレで、東京の隣なのに千葉と大違い。

一日目は瑞泉寺やら寺を巡り、鎌倉駅周辺を食べ歩きました。お寺では、祈りなさい、瞑想しなさい、耐えなさい、というメッセージを受けました。きっと、私にとってそういう時期なんだと思う。神仏様の悟りの空間は、本当に美しい。

2日目は江ノ島。ほんとにぐるっと歩いて一周してきました。5時間は居たかな。本島から連絡道路?を車で二、三分で、この小さな島に着きます。なんだか、異質な感じでしたね。仏様がいればマリア様もいて、そこを中国の作りの建物。なんでこんなことになったのか謎ですが、とにかく世界の有名な人がここを訪れて気づきを受けているからには、そういう場所なのかな。まるで、異次元みたい。ここだけ次元が違うんだよね。こんなに混沌としてるのに、それらの根源は1つで、何も心を乱すことなどないなだと思い知らされる。
私が受けたインスピレーションは、何千年も長い時の間にこの島はまた海の中に入ってしまうんだろうな、ということ。本島よりだいぶ?後に出来上がったという昔話がありますが、その言い伝えの名所をそれぞれ巡って感じるには、ここの土地は必要とされて存在を現したけど、きたる時には沈むんだろうなぁと。それはやっぱり、人間が何世代にも渡る程の長い年月を要するだろうけどね。

3姉妹の神様のうちの、長女の奥津宮様が一番強烈なエネルギーを感じるなぁと祈っていたところで、となりの龍宮に足を運んだのですが、この龍宮様を意識した途端、強烈な畏れを感じました。敷地に踏み入れたのは勿論、御本尊様を前にして、まともに頭が上げられなかったのです。図を低くしゃがんで祈りました。
祈っていると、声が聞こえる体質(苦笑)なのですが、龍宮様がおっしゃるには、「次の津波も頑張って被害を抑えます」と。それが何を意味するのかはわかりませんでしたが、今起きている世界の変革はそう簡単に太刀打ちできないもののようでした。龍宮様の横に立てられている瓦を見れば、確かに、自然災害を鎮めて下さる、と書かれている。
自然は、必ずしも、ただ闇雲に人間に対して怒りと脅威をふるっている訳ではないのだな、と私は考えている。これも、地球の、宇宙の、理なのかな、と強く思う。
きっと、必要な所で、必要なものが働いて、それでも、かわりゆく人の想念に左右されて、それらがまた動き、この先を変えるのだろうなと思う。

軽く未来予知について触れておくけど、確かに、このままいけばいついつにこうなるだろう、という強いメッセージや想念を感知する場合がある。それを感知した人はそれを口に出して、未来予知へと繋げるだろう。けれど、未来というものは、非常に流動性がある。唯一、感情や思考がここまで発達した人間の想念には、強烈な力があり、それは巡り巡って必ず自分へ帰ってくるし、簡単にこの先の未来を変えられてしまう。(悪い未来を予測してマイナスの想念を発すれば巡りめぐって自分に帰ってきて、案外自分の内臓とかを攻撃してたりする)
つまりね、過激な地震予知とかをネットの掲示板で流して、それを見た人が恐怖で悪い未来を予想すれば、そういったマイナスの想念がたまって、本当に悪い未来が起こってしまうのよ。だから、例え、悪い予知を見つけても、それを軽く軽くする想いや、むしろ消してしまうくらいのプラスの想念を抱いたっていい。そうすることで未来は必ず変わるから。地震予知の掲示板て、まるで、本当にそれが起こって欲しい、って想念ばっかりなのよ。
ちなみに、私は、今年の8月半ば、11月29~12/10に対して、凄く嫌なものを受け取った。確かに、12月、1月は千葉にくるって北海道大学の教授が言ってるけど、別にあえて、来るぞ怖いぞ来るに違いない!とか思わなくていいわけね。いらないのよそういうの。




自然たっぷりの土地で、心身ともにだいぶ浄化されたし、心もまた成長した気もする。こういう場所に行って、インスピレーションを受けて、心身の浄化をするのも、とても大切なんだな、と強く思った、日常に戻れば、やっぱり周波数の低い場所は山ほどあって、でも、そこで生活するわけだし、常に周波数の高い場所に居られる訳じゃない。だから、その低い場所で、どれだけ自分がその低い波に飲まれずに、自分が高い周波数を保ってられるか、っていうのが大切。だからつくづく、旅行は大切だなぁと思う。

純粋に、日常にうもれて、これが当たり前と自分をがんじがらめにしてしまったら、旅にでて、違うやり方もあるし、日常の全てが正解なわけじゃないから、こんなに苦しい方法を選ばなくていいんだな、と思える。

全ては選択できるのよ。
正しいことでも、悪いことでも。
する、しないは自分の自由。
例えば最悪なことだって、あえて選択しない、っていう選択だってできる。

日常に規則があったって、選択するのは至って自由。
それでは、本日から一泊2日で、友人と四人で鎌倉旅行に行って参ります。
アジカンのサーフブンガクカマクラが聞きたいところですが、車の運転者の趣向で、ベンツ車の中でV系がガンガン流れる(苦笑)かと思いますが、楽しんでこようと思います。



きっともう、僕達は戦いの中で生きていくことは、終わったんだな。




おはようございます。
電車に1人乗って、都内へ向かっています。

家を出てくる時に、彼が寂しいのか、ツンデレっぷりをめちゃくちゃ発揮してくれましたが、まったく、彼というよりは、自分の子どものような感覚です。まぁ、そういうのに私は弱いんですがね(笑)


最近、plentyというバンドにハマってます。音楽、歌詞、それもあるんだけど、このボーカルの声、何かが宿ってるなぁ、と思う。上手いとかそういう話じゃなくて、この人、歌うことが決まってたんだなぁ、って。そんな感じ。


風邪が長引いていて、鼻声が治らず、歌がまともに歌えません。で、風邪の時ってエネルギーも弱ってるから、人とまともに接触できません。Twitterやってるんですが、フォローしてる人のつぶやきがボコボコボコボコ目に入ってくるんですけども、その言葉のエネルギーすらにもヤられてしまって、。(苦笑)頭が混乱して、Twitterを開けないんですね。早く体調が治ってくれることを祈ります。そして、体調治ったとして、これから音楽どうしよう、って悩みは続くと思う。

なんで自分が表現に携わってたのか、小説を書くことにこだわってたか、歌を歌いたかったか、根底に出会えたんだよね。


まず、この話を書く必要があるんだけど。私の六感の話ね。
私、いわゆる霊媒体質です。
病院で仕事中も、一日に何度か足首掴まれるし(シッシッってしてます)、頭にいっぱい乗られるし(実際、頭がくわんくわんて揺らぐのでめちゃくちゃうっとおしいです)、背中に体当たりされるので熱ッ!ってなるからとにかくうっとおしいし、それ以外にも色々あるんですが、まぁ、これによって生命エネルギー的なものを凄い奪われて、帰宅する頃にはへらへらで、帰宅後18時には寝入って朝まで起きないとか、ザラにあります。こういう感覚は、昔からあって、でも何がなんだかわからなくて説明できずにいました。

で、そういうのがわかる人、との出会いを何名かの方とさせていただきまして、初めて気づくんですね。自分のコレに、で、みなさんに言われるのが、凄い吸ってるよね、ってこと。修行すればイタコになれるよ、護身能力は今の貴方には無いけど、とか。まぁ、その方々の言葉をどこまで受け入れるかは個人によるけど、要するに、そういう傾向を持った体質であるということ。これは、身を持って信じることにしました。ハイ。

それがそういうことだと理解した時の私の精神的ダメージは計り知れないものでした。でも、18-21まで通ってた精神科での症状は、ある程度説明ついたので、よかったにはよかったけどね。

そっから私の戦いが始まりました。普通にエネルギッシュに生活したい!という考えにもってくるまでだいぶ時間もかかりました。それまで、酷く落ち込んでしまってましたから。こんな自分じゃ、人と接することすらままならない。1人で山にでも篭ってた方がいいんじゃないかとすら思った。

それで、道を歩く最初の場所として、パワーストーンから始まって、神社お参り習慣がつき、スピリチュアルの知識だけかじってそれらを現実にどうやったら生かせるか、フラワーエッセンスに辿り着き、今のところ、まだ迷走中です(笑)そしてこの道をゆくのに、身近に理解者が少ない、
というのも悩みだったりする。


この途中で、どうやら、生きていない存在だけじゃなく、生きている人間のエネルギーにも私の心身は反応しているようだ、ってことに気づきました。まぁ、ここまで理解してくると、人の探究心はイタズラをするので、最初から予測してたことでもあるけど、オカルト好きになってしまいました(笑)でも、悪いことには興味がなくて、どうやって明るく生きてゆくかについてのオカルトね。

確か、23になりたての頃にパワーストーンに本格的にハマりはじめたから、かれこれこの二年の間に、特に震災前くらいからは急激に、こっちの道を迷走しております。ブログに真っ向から語れないことだから今まで語らなかったけど、私という人間がここまできてしまったので、一度くらいは語っておきます。


それで、私が何をしたいのか。生命の根源のある場所?を意識して繋がっていたい、ってこと。そうすることは、私にとって最初から決まっていたことこように思う。そうすることがとてもしっくりくる。

そこから、小説や音楽、フラワーエッセンスなんかにきているんですよね。脳内でロジックにハマって小説や詩を書いていたけど、もう少しなんも考えずに今を楽しむことを大切にした方がいいと思うし、歌うことが好きでバンドもやってみたけど、あたしが人と協力して表現をする、っていうことは向いてないってこと。よっぽど感覚が一致してる人とじゃないと、やっててもしっくりこなくて捨ててしまいたくなる。フラワーエッセンスだって、このまま突き進んだところで、現実的に生かす場所が今のところない(苦笑)で、こんなんじゃ、何をすりゃいいのさ、ってなる。そんなの自分がしたいことすりゃいいんだけど、そうじゃなくて、もう少しこのまま迷走したら、核心に触れそうなんだよね。昔よりもずっとずっとその場所に近づいているって感じるから。だからいま、その迷走の最中なんです。自分が子ども生むまでにそこに辿り着きたいところだけど(笑)

まぁ、人を助けたい、その感覚は昔から私にインプリンティングされてるみたいで、それがまるで決まってたことのように、その道に携わっていることだけど。私の行動原理って、そこなんだよね。もっと、自分のために生きたら?って言葉も浮かぶんだけど、なんかねぇ、しっくりこないんだよ。あたしは、今、もう十分幸せだから大丈夫。ちゃんと自分の道の輪郭がわかってるし、彼がいてくれれば毎日笑えちゃってるし。


そんなこんなで長くなったけど、一度書いておきたかった。

ちょっくら飯田橋で迷走してきます。