おはようございます。熊野旅行から帰ってきたナツカです。旅先ではたくさんの気づきがありました。何枚か皮が剥がれた感じです(笑)それはおいおい書こうと思ってます。



新しい風が吹いていますね。三月末からそれは吹きはじめ、多くの人がまた新しい自分を見つけているようです。ここでもか!と、ちょっと驚いています。

私はというと、旅行の前に大切なことに気づきました。

幸せは自分で勝手になるもんだ。

私の性格上、困っている人の為に動こう、という意思が行動原理になっており、あくせく動く自分が好きでもありました。しかし、あるいくつかのブログを読んでいてふと気づいたのです。

誰かの為に生きるのは違う。その人は自分で勝手に幸せになるし、私がその人の為に動いてその人が幸せになったところで、その人は本当の幸せになることなどできない。私が本当に幸せを感じて輝いていないと、誰もかれも幸せなど感じない。(うん、それは歪んだエゴでなる幸せとは違うよ。)

自分で自分の幸せを感じて、そんな人たちが触れ合うからこそ、そこに幸せがある。誰かが自分を我慢したところで、誰か1人でも退屈したところで、それは叶わないのだと。

だから、私は、「自分で勝手に」なんでもかんでも背負う必要はないのだと。

やーめた~~( ´ ▽ ` )����ぢと思わず呟いてしまったのでした。
その瞬間、第3チャクラがとってもすっしりしました。みぞおちのあたりですね。エンパスさんにとってとても大切なチャクラです。ここを調整することで、エンパスさんは、心と身体がとても楽になると言って過言ではありません。

ああ、そっか、と思いました。
確かにそう。
自己肯定に繋がる。


そもそも、幸せなど、自分の価値観で、人それぞれにまったく違うもの。だから、誰かが困っていたところで、自分が思う幸せを押し付けても、それは違う。自立支援に繋がる見守り、本当に大変そうだと思った時に手をさしのべる。あとは傾聴。(この辺は介護の世界から学びました)。傾聴することで、自己治癒力ならぬその人の自信を後押ししてあげる。


ここまで書いたら、自分にとって自信、信じるということがどれほど大切かわかりました。
自分で今を幸せだと感じる、その信じる力。今この瞬間を幸せだと信じて感謝する力。
とてもとても大切です。
それは豊かさに繋がります。

幸せは外になどありません。自分の内側にあります。


自分を、何かの価値観に当てはめたり、憧れや理想の自分になろうと頑張ったり、そうして得たものは、自分のものにはならない。あとでしっぺ返しがきます。自分が今感じるものでありのままに表現して、その時上手くいこうが傷つこうが、そうやって得たものこそが、本当に自分のものになる。少し前のやさぐれた投稿記事が物語っていますね(笑)ありのままの自分。

ありのままの自分で幸せになる。

そういう人が少しでも増えてくれたらいいなぁと思う。


海のおく底の貝の中で、静かに静かに養生している感じ。
ただ、少しずつ潮の流れが変わってきてて、傷が回復したのは知っているけれど、その流れを少し観察している。

この世界に週末なんてこないこと。人々のフラストレーションの向けどころ、桃源郷が、随分と形を変えてきているなぁ、と。

最近は、いろんな友人から食事のおさそいがかかっていて、こんなに声がかかるのは珍しくてのがしたくないけれど、今誰かと交流すれば、潮の流れを見失いそうで、先延ばしの日にちでお願いしている。それに自分のタイミングがなんだかわかるし。

もう少し、1人になる時間が欲しい。

うっかり主婦なんてやっていて、頑張ってみているけど、旦那(笑)の帰りが最近ずっと早くてまともに携帯もさわってない。こうやって朝の光の時間帯にまとめてブログをうつ。

もう少し、時間をください。


ただ、もう、世界は春分の日あたりから、大きく変わり、私のまわりの人達は、通常以上の気づきと変化に動いています。

私が残してきた古いものは、、そろそろ動き出しそうかな。


私がまた落ちてしまっていたのかと思ったら、案外違う意味があるのかもしれない、と思いました。

とてもとても尊敬している、そして、どこか似ている考え方をする、行きつけのブログがあります。ふと漏らした記事の中にその答えはありました。最近、エネルギーがとても強くてしんどい、らしい。

私の心身が悲鳴を上げていたその時期が、ポイントポイントで似通っていて、その対処法も似通っていて、これはシンクロなのか、偶然なのか、今の世界の流れなのか。

ただ思うのは、今とてもしんどいエネルギーを感じるのは私1人だけではなかった、ということ。

私のリアルの友人とも割と同じ時期を示していたりして、これはグループの問題なのか?とも思います。

ほんとうの魂の姿に戻す強烈なエネルギー。

嘘はつけないようです。


一昨日の天体ショーからまたかなりエネルギーが変化してますね。




頑張りすぎない。
真剣過ぎると身体に毒。
背負い込み過ぎ。

困ったらまず相談する。
全部自分でやらない。

嫌なことは嫌と言う。
自分のキャパを見極めて、無理なことはやらない。

見たくないもの向き合いたくないものは、スルースキルを発動して、適当に受け流す、ということをする。
世の中でとても大切。

当たり障りない言葉を口から発しても、失礼にはあたらない。

真剣や誠実は、適材適所。
求められたらやればいい。
わざわざ炎作ってその中に飛び込まない。


最後にひとつ。
男は育てる。

以上。




ああ。なんだか、どうしようもないしギブアップだな、って思います。ちょっとした非常事態宣言なのかもしれません。

こういう時はお休みをするに限りますね。


今まで保留にしてきた問題が、見えなかった筈なのにいきなり視界に現れてしまいました。一つ解決すれば、またひとサイズデカイ問題が現れて、それを解決すればまた、と言った具合に。

自分の心が光を知れば知るほど、心は繊細に敏感になってゆき、それは脆さをまだ十分に伴っていて、闇を知ればひとたびにバランスを崩します。その振れ幅は数年をかけてやっとゆるやかになってきたのに、突如また、ガタガタと大きくバランスを崩しました。


なので、
少し療養という修行に出ます。
このままだと心がバラバラになってしまいそうなので。
その旅の暁には、トラウマが癒されていることを思い描いて。

ただ一つ志の中心にあることは、「傷ついている人の立場に立てるキミは、それを忘れちゃいけないよ」と、18の時に片割れに言われたその言葉です。


誰かの幸せを一緒に喜べる、そんな心持ちに戻るまで、しばしの旅です。