私は、街中でよく話しかけられるタイプらしい。旅先ですら道を訪ねられる。おっさんとかに、なあねーちゃんあれって~じゃない?という世間話までいただけます。そうやって話しかけられたときは、幸せを分けてもらった気分になるので心行くまで話してしまいます。
月曜日。駅で、うろうろしている女性に話しかけられました。宗教の勧誘だったんですが、話の提示の仕方が面白く、今あなたの人生のテーマは何ですか、って言うの。その人の一番興味深い話から芋ずる式にテンションを引き出して最終的に宗教に繋げる手法なんだろうなーと思いながら、ちょっと面白そうだからノってみた。この女性のアプローチの仕方とか参考にできるところないかなーと思う反面、人と話したい気分だったので、10分くらいは寒い中延々と話をした。神がどうの~っていう話はその中の1分足らずくらいにとどめてもらいましたよ(笑)いや、実に興味深くて、これからやりたいことだとか、自分の満足度、今の悩みだとか、世界で起きてる問題について。割と広く突っ込んでくるなーと関心しました。その話の中で改めて、今考えることだとか、希望とか、悩みだとか、過去のできごとだとか、固める良い機会になった。その女性も、無理に思想を共有しようって態度じゃなくて、純粋に人と話をするのが楽しい、っていうふうに見えたので、ついつい話してしまったのです。因みに、私は他力本願がだいっきらいなので、どこかに入門する予定はありません。それでも私は、世界平和を願って自分の思う道を進みたいならあなたを応援するよ。そんなふうに思わせる女性でした。(他力本願だけは許せないの。ごめんね、表現が不快だったら)
ちなみに私は先々月の派遣ぎり騒動から、自分の人生スパンを広げて、色々と考え直しています。3年で本当に契約が切れてしまうなら、できるだけ若いうちに転職活動をしなければならないし、その反面、今の職場での就業年数はできるだけ多く欲しい。それならどうしよう、と考えた時に、以前もブログに書いたと思うけれど、いつでも動けるように資格が欲しい。じゃあ、なんの?そう問うた時に、保育士や社会福祉士、児童福祉士、心理職、看護師、障害児への支援と、堂々巡りな答えに辿り着いた。大学卒業しなければ資格受験資格すらありませんからねこれらは。私の現在の経済状況では、予定に組み込む希望はありません。それでも漠然と、そういった職業につきたいなぁ、と思うわけです。国家資格を持たずして、では何に挑戦できるだろう、と考えた時。ふと、ボランティアから初めてみるのも、きっかけ作りとしては良いかもしれない。その案に辿り着いたのは先月でした。まだ時間があるので、少しずつ調べたり動いたりしてみようかな、と。動き出してみたいなぁ、という点で私の意識は止まっている。まだしばらくはそのまま。
火曜日。今日、11月16日。気まぐれで駅前の本屋に寄った。文庫コーナーをちら見して、音楽誌は混雑していたから通り過ぎて、資格コーナーに辿り着いた。癖なのか、今の職場で為になりそうな本や、将来に向けて何かアイディアは転がっていないかなぁ、と手探りで物色。何冊か本をとっては返し、ちょうど、児童虐待の書物を置いたところでした。「すみません」10代後半の少女に話しかけられる。「こういうこども関係の仕事の本って、この本屋さんが一番多いですか?」よく見たら、2人組みの女の子だった。「んー、ここより○○の本屋の方がありますよ」「何階ですか?」「えーと、覚えてないんだけど、案内掲示板にはありますよ。ごめんね覚えてなくて・・・でも、ここより何倍もあるよ(にやり)」「何倍も!?(笑)」それから、彼女たちは自分がこういう職業に興味を持っていること。あなたはこういう仕事をしてるんですか?という問いから始まって根掘り葉掘り質問を繰り返し、自分たちがこどもむけのボランティアをやっていること。逆に質問を返す。どういうことがしたいの?いまの活動はどういう内容なの?そんな話を7、8分くらいした。初対面にも関わらず、突っ込んだ話をそのコーナーで突っ立ってずっとしていた。私が感動したのは、よくも私みたいな人間を捕まえたものだよ(笑)そんなところ。彼女たちの目はとても輝いていて、ちょっと直視できなかった。すごく、輝いていた。知らない世界に希望だけで体中で突っ込んでいける。そこに光があるって信じてる、そんな目だった。決して私は言わないさ?光は無いだとか、怖いもの知らずめだとか、そんなことを言いたいんじゃない。世界はわたしたちの思い描いたように広がってゆける。それを知ってなお、目を開くことをしなくなった自分が、とても、かなしかった。どうしてしなくなったのかなぁ。
あのきらきらした目は、きっと死んでも忘れられない。強烈に覚えている。私がおばあちゃんになったときに、孫に聞かせる話の一つに、今日なった。
ただ漠然と、困っている人を助ける仕事がしたい。昔から考えるところはそれ一つだけで、看護師、心理カウンセラー、児童福祉士、そういった職を転々と悶々と考える。当初は、自分が経験してきた、虐待、DV、いじめ、精神病、全てを癒す為の行為だったのに、いまの職場で働き始めてからは、純粋に、私なら手助けができるんじゃないか、そうしたい、という思いで考えるようになった。あはは、思えば、こうやって社会復帰して、自活して、普通の人間になれたなぁ。すごいことなのかもなぁ。私も人間やってるんだなぁ。今じゃあ職場で信頼なんてされているらしい。おかしな話だよ。欠陥だらけの異常な人間が、正常に侵食されはじめてる。生きていく上で必要な感情たちに喜ぶ反面、失った喪失感が、私を満たしている。
文章を書くことは、中学生当時、家にも学校にも居場所が無かった私にとって、唯一の居場所だった。それだけが私の生きる理由で、それを成功させなければ死んじゃうんだと思った。文章の書けない私は生きるいみすらないのだと、何年も思い続けて、いつの間にか、それは脅迫観念にすり替わって私の首を絞めていた。書けない、書かない日があれば罪悪感が募り、それが続けば、つもりつもってPCすら開けなくなる。書けなくなるきっかけが簡単に現れるように、書けるきっかけもずどんとやってくる。私にとっての文章とはそういうもの。確かに、無いと生きていけない。でも、いつの間にか、書くことがこんなにも楽しくなくなっていたことに気づいた。書けない私を更に責める。でも、許してやってもいいのだろうか。書けない私を。なんども頭ぶん殴って、倒れても書かなければひきずりまわして、ちょっとぼろぼろになった気もする。・・・・そう、それほどに文章を書くことは、私にとって大切なの。だから、書くことをやめない。どんなに結果に出せずとも、どんな形になとうとも、絶対やめない。時々は自分をいたわりながら。
数年前のブログにこう書いた。「文章が生きる理由だって言い続けてるけど、こころのどこかではそれを超える大切なものに出会いたい」。私の文章の始まりがとても寂しかったのを、私はいつまでも忘れないから。
わたしはわたしを深めて生きたい。問題の渦にもまれないと生きてる心地がしない性格なのは育った環境もあるけれど、そんなふうじゃなく、安定した自分で持って自分を高めていきたい。もっと、優しくて強い人間になりたいの。強い、を履き違えたりはもうしない。まずは、ひとみしりを少しずつよくしていきたい。
そんな旗を、今日また立てる。
私の人生は、旗を何度も何度も立てて、それで進んでゆく。
バンプのメローディーフラッグがすきだなあ。
感じることを、表出しよう。
書けない私がここにいることは、現実なのだ。それでも書きたいものを、呼吸困難に陥りながら、表出していくのも、私の姿なのかもしれない。
完璧に出来るものなど、なく。それに向かって努力する姿は確かに輝かしいが、
私にとって書く、かける、書かない、かけない、そういった次元には無いのだ。
私と言う存在は。
一生続く道を、私は既に歩いていた。
瞑想は続く。