最終電車に今乗ってます。
カズキの家から自分の家に帰ります。
何度も通い慣れた一時間の道。
数をあと何回数えられるのかな。
私は生きてます。
私が毎日通う場所には、近々死ぬ人間と、生涯障害者になる人間がいます。
ダウンの子だって、心臓に爆弾抱えてたって、生きてます。毎日少しずつ成長して、まったく泣かずじっと何かを見つめるだけの子が、涙をためて泣くようになりました。生きているから、成長する。そうできてる。病も治癒に向かってく。
なかなか面会に来れない母親は、今日の面会の帰り、我が子にサヨナラを伝えて帰ろうと離れて、でもやっぱり戻ってきて、結局また10分くらい我が子を抱いていました。サヨナラって言って、我が子をベッドに戻して、後ずさって、一秒しないうちにまた抱きかかえた。
赤ちゃんて、目を見つめただけで、声を上げて笑うんです。こんな奇異な目で見続けられてきた、普通とは違う私なんかを見て、視界に私が入って嬉しいと笑います。彼はきっと何もわかっていないけれど。私は4ヶ月の赤ちゃんに救われた。あなたは存在してる、して良いって言われてる気がする。
何故病気の人間がいるのだろうと考えます。明らかに、普通の世界から切り離されることを約束された子たちがたくさんいる。精神疾患もそう。何故、病というものが存在するんだろう。
治らない人間がいる。もし治るのなら、さっさと手を光に伸ばせば良いのに。苦しいのに辛いのに、光を望んでいるのに手を伸ばさないのは、ただの傲慢にしか見えない。どうせ俺は、なんて言葉、光を拒絶しておいて光を望むような言葉、ただの馬鹿。逃げ道作って自分のしたいことしてるだけ。人間である意味がない。説教もんだ。私はマジ叱りをマジでする。
欲しい?なら手を伸ばせば良いのに。
秋がよく私の脳内で言う。
本当にしたいことすれば良い。
まだ生きることを未来の自分から託されてる。
23で死ぬ訳じゃない。
嘘なら良いのに。
でも私は全てを受け止めて生きる。