まだプロットも立ててない作品だし、推敲とかも全くしてないから、酷い状態だけど、こんなん書いてます。ファンタジー・ラノベ色が強いから、もうちょっと控えるつもり。投稿とかはわからないけど、念の為、この話の続きはネットに載せません。
ほんと、荒い文章ですが。
以下略。
***
小さな村だった。海沿いの、風に潮と湿気を孕む寂れた村だった。それは日本のどこかにあった。どの辺りにあるのか、誰も知る者は居ない。確かにそれは日本の中に位置することは村の住人は皆知っていたが、果たして日本のどこに位置するのか誰も知らないから、本当にこの土地が日本の中にあるという事を誰も証明できない。そして、それについては皆口を閉ざすばかりで、静かな、寂れた村だった。
海に囲まれた離島である。その中央、山の麓に学校があって、佐内はそこで教鞭をとっていた。国語の授業を受け持っていたが、専ら図書室に居ることが多い。生徒数も少ないため、1日授業詰めということはないからだ。暇さえあれば理科室から失敬してきたビーカーにコーヒーを注ぐ。図書室から本を持ち出し、読みふけっては準備室に籠もる。時間も余りある程に溢れていて、その膨大な時の流れを、自らの意思で自由に過ごしていた。平凡だった。
昼休み。しん、と図書室は静寂に包まれている。何人かの生徒が読書に耽り、ページをめくる光景が広がった。丁度夏だったので、天井に備えつけられた冷房からは作られた匂いのする冷たい風が部屋を巡回していた。棚と棚の間を抜ける。詰まった本やそのページの間に冷気は通れず、生ぬるい紙の匂いがするのを、佐内は手にとった一冊から嗅ぎ取って、その本を閉じた。表紙の青がこの土地を囲む海を彷彿とさせる。昼食後のまどろみには睡魔が程よく全身を巡って、指先の動きを緩慢にさせた。
「先生」
自分を呼ぶ声がする。その声の主を探して後ろを振り返ると女生徒が部屋の入り口を指差して何かを主張していた。手首には赤い腕時計が巻かれて、滑らかに秒針を回している。
「呼んでますよ」
「誰が」
「さぁ」
はて、と入り口を凝視しても、そこには誰も居ない。ドアの影に隠れているのかもしれない。手にとっていた本を棚に戻すと、佐内は入り口に向かった。
暗い廊下を覗き見る。姿は無い。一歩足を進めて廊下を幾らか歩いてみる。
「先生」
後ろから呼ぶ声。振り返る。
「ここです。昼休みに職員室に呼び出してきたの先生なのに、いないし」
「ああ、ごめん」
いつの間に背後に居たのか、自分の受け持つクラスの男子生徒が立っていた。呼び出していたことをすっかり忘れていたのは、食後の睡魔と格闘していたからと言い訳していいものか。彼は名を高崎と言う。背は低く細身で、今時控えめな髪の色は内気な印象を与えた。
「えーとなんだっけ」
緩慢な脳味噌を叱咤する気はさらさらない。佐内は頭を掻くと失笑して彼を見やった。細められた目元の黒子にまで皺が寄って、弱々しい印象を与える。しかし高崎はその様子に不満げに一瞥しただけ。
「なんだっけ…って、俺知りませんけど」
「…あー」
挑発的な視線が送られる。暗に何か強い意思を込められているようだった。反らされることはない。佐内はチラリと図書室を振り返り見て、変わらずの静かな時の流れを確認した後、再び後頭部を掻いた。
「まぁとりあえず、準備室来い」
彼に有無を言わさず歩き出す。目的の図書準備室はすぐ隣だった。数歩も歩かずに靴音を鳴らし敷居をまたぐ。6畳程の小さな部屋だ。部屋の中央、左の壁に寄せて机が置かれている。それを挟むように扉から左右、二方に渡り壁づたいに本棚が設置され、書類や本の束が雑然と詰め込まれていた。正面の窓からは太陽の光が差し込んで、元来掃除はしない為か、宙を舞っているホコリを光が照らし、一種幻想的な光景が見られる。そしてこの殺風景な空間にはコーヒーの香りが一つ、異質に自己主張していた。机の上にビーカーが1つ置かれ、そこから湯気が立ち、香りの原因はそれ。先程まで佐内が飲んでいたもので、途中で飲み残してあるのだ。
「そこら辺座っといてくれるか」
「…はい」
低く小さな彼の返事を背に、窓辺に設置してある木製の棚からカップをひとつとった。白いカーテンと同じ色をしている。インスタントコーヒーの瓶からスプーン一杯の粉を投入し、右脇のワゴンに乗る電気ポットからお湯を注ぐ。湯気が立ち上がる。仕上げに瓶に詰まっている紅茶色の角砂糖と缶の中から粉ミルクをスプーンですくい入れ、かき混ぜて渦を作った。それを彼の前に差し出し、口を開く。
「お前が出した進路調査票、僕は教師としてお前を止める義務があるよ」
前置きの無い本題に、高崎は顔色ひとつ変えず聞いていた。最初から予想はしていたのか、そもそもの目的だったのか、対する答えを返した。
「…先生も所詮大人ですよね」
「この島の大人だから」
四角い机の上には書類の束が積まれて、半分は崩れ雪崩を起こしてている。その中から青いクリアファイルを取り出して、挟まれた書類を引き出した。1枚目は飛ばし、2枚目の藁半紙を抜き取って、彼の目の前に差し出す。机の上に張り付くように置かれた紙の先頭には、進路調査票という文字が載る。
「どうして成りたいんだ」
「…興味です」
「それだけでこの道を選ぶのは、後悔するぞ」
「先生に止められる権利がどこに?」
「無いけどな。」
言い切った言葉を脳内で反芻する。確かに、一生徒である彼の将来を決める権利は他人である教師の自分にはない。ましてや非難するなどと、人の道を教える立場としてあってはならない。何ひとつ、彼に影響を与える力など、振りかざしてはならないのだ。けれど。
紙の上、高崎が綴った文字を指先でなぞる。この目で何度見直しても、舟守という字は変わらない。その舟守とは、この島と日本本島を行き来する船の船員を意味する。その船が本島から生活物資を運んだり、様々な情報を連れて来たし、そこからは日本本島を見ることができた。つまり、一般村民にはこの村を出ることが出来ない掟からして、舟守である彼らは、この島が日本の一部かどうかという事実を知り得ている唯一の例外だった。そして、その舟守になることは同時に掟の例外に値する同等の責任を背負わされる。その任務に就けば、喉を潰され、そして手首を落とされてしまうのだ。
物言わぬよう。物書き伝えぬよう。
それはこの島の古きよりのしきたりだ。
「先生は、どうやって教師になったんですか」
「どうやって?」
「そう。どうやって。この村から出られないのに」
彼はカップに口をつけながら、湯気にあてられる瞳を閉じて、コーヒーをすすった。長い前髪がうつむいた彼の表情を隠す。
「それは国家試験を受けたんだよ」
「どこで」
「この島の役場で」
「大学がこの島には無いのに、単位は取れたんですか」
「お前も知ってるだろ。大学教員免許を持った先生がこの学校には居る」
「じゃあその先生はどうやって、」
「高崎。」
強く名前を言い放った。これ以上言ってくれるなという、拒絶。彼の肩がそれに反応してぴくりと跳ねた。
「口が過ぎる」
「…皆口を閉ざす。知らな過ぎる。この村のことを」
「いいだろ。それで」
「大人たちは皆そう言う。俺達は何の洗脳をれてる?それを知る権利は無いんですか」
「…無いよ」
瞳を伏せて、飲みかけのコップをすすった。時間が経った為かコーヒーは酸化していて、舌先から酸味が広がった。途切れた言葉の先を2人とも言い淀んで、この沈黙に頭の奥は締め付けらるようだ。高崎も救いを求めてか此方を大人しく見つめている。しかしやがて、諦めたのか目線をコーヒーの波に落とした。ただ沈黙だけが過ぎる。
湯気はいつの間に消えた。机の上の藁半紙は、窓から差し込む光に当てられて色を白くする。氏名欄には高崎の名前が綺麗とは言えないが、確実に綴られていた。紛れもなく、彼は舟守を望んでいる。その覚悟は揺るぎのないものなのだろうと佐内は実感している。目の前の彼は、誰もが村について話す時に浮かべるあの罪悪感のような影は全く見せず、ただ真理を知りたがる琥珀のような深い、透明な色をしていた。
「先生としては反対だ。でも…な」
佐内は含みを持った言葉で高崎の視線を自分へ向けた。
。
「…俺個人としては賛成してんだよ」
ぱちり。目の前で彼が瞬きを繰り返す。言い放った佐内の起爆剤とも言える台詞に。信じられないものを見る、というような目つきで、唇を動かすのを忘れ、こちらの動きを凝視した。無理も無いだろう。この村の大人は、教師も皆、村について口を閉ざし、子供に問われれば後ろめたい表情をしその問うた事実さえも有耶無耶にする。佐内はそれを理解して口を開いた稀有な存在だ。無理もない。高崎は呼気荒げに言葉を口にする。
「それは、先生が個人的に、僕が舟守になって全ての秘密を知り得ることを望んでいると解釈しても?」
「高崎、少し静かにしないか。コーヒーが波打ってる」
「だって、初めて大人の人に肯定されましたから。その真意を教えて下さい!」
「高崎。だから、コップが倒れ…」
先程閉めた準備室のドアの磨り硝子に影が映っている。大きさからして恐らく人影だ。気配が今し方からそこに居ることに気付いてはいたが、まるで動く様子も無く、こちらの様子を窺っている。何かを探るように、咎めるように。激昂する彼の背に、その影は一切口を開かなかった。佐内はこの先に起こるであろう事態を理解する。
「高崎。誰か待たせているのかい。ドアの外に客がいるようだけど」
「!」
彼が息をのんだと同時に磨り硝子に映っていた影が跡形もなく消え去る。部屋の空気は割れて、客となれなかった件の影を、2人は沈黙した。。
「高崎…。とにかく、この話はもう少し考え直してみないか。まだ待ってるから、紙は返す」
「…変えるつもりはありません。それを提出します」
「…じゃあ、1つ提案なんだが」
佐内はビーカーからコーヒーを喉に流し込むと、間を置いてからその一言を口にする。
「海に「下見」に行かないか」
「…」
絶句。そのものの表情。
佐内の言わんとしていることを理解出来ずに、高崎は表情を無くして、宙に浮いた指先を机に降ろす。2人は身じろぎもせずに机を挟んで見つめ合っていた。
「職場体験学習」
佐内の陽気な声音と、震える指先は不釣り合いで、蒼白とした表情を見て高崎は合点が行った。
「そう…ですね」
「あと、もう一人、見学したい生徒が居るみたいなんだけど、高崎、良いかな」
佐内がドアを今一度見やると、そこから小さな白い手首に赤い腕時計が巻かれているのが見えた。