愛されるということがどういうことなのか、どんな感じがするのか、よくわからない。愛することはこんなにもわかるのに。

子どもの頃、母親の暴力を予測して安全を確保して行動しなければならなかったから、当たり前の落ち着いた愛というのがいまいちわからない。恋愛をするにあたっても、人と付き合うにしても、必ず一線置いていた。それが自由で生きやすい生き方だと理解していたから。

別に、過去のそのできごとや母親を恨んでるわけじゃない。それはもう過去の話しだから、恐ろしい回想をしても怖くもなんともないし、あの時はああだったから、こうだよね、って冷静に考えられる。

ただ、安定した愛を感じるのは、幼い頃にやっておかないと、凄く不便なのだと、つくづく思う。今、思うのは、このぽっかりとあいた穴を必死に埋めようと人のぬくもりに触れてみたりするけれど、この穴はもう、なにものにも埋められないんだな、って漠然と思う。この穴を抱えなければ、情緒がもう少し安定した人生を送れてたのかな。人のぬくもりに触れても違和感を感じずにすんだのかな。なんて。

豊かな人間になれていたかな。結局人は死ぬ時一人だし、生まれたのは種の保存にすぎない、とか、生まれたら死ぬ道をひたすら歩いてるだけ、とか、今も本気で思ってるし、真理だと思ってるけど、もしかしたら、そういう答えを真理に思わなくて、もう少しあたたかみのある人間になれたのかな。

別に、もう過ぎたことだし、恨んだり、取り戻したいとか、もうどうでもいい。
ただ、自分が人としてある程度成長して揺るがない自我を理解した時、本当に愛する人に出会ったならば、それは、とてつもない絶望感に襲われる。
相手がこんなにも愛してくれるのに、上手く感じられなくて、おっこどしてしまっているのかなぁ、って、泣きたくなる。

でも、愛されるのは好きな筈なのに苦手です。尽くして尽くして愛しまくるのは好きだし得意です。

…未熟すぎて、泣けてくる。

愛されるってどんな感じなんですかね。

そして、恋愛みたいな二者関係に依存するのは、未熟なのだろうか。