こんばんは。サナです。
今週も半ばに差し掛かってきました。
人はいつなくなるかわかりません。
昨日の話です。にゃんこさんにメールで、「4/14は嫌な予感がする」って送った、その数時間後に、親から職場に電話が一本入りました。職場に親から電話があるなんて、生まれて初めてです。4/14に叔父の通夜を行うという内容でした。突然、頭が真っ白になりました。まだ、還暦くらいの年齢なのに。人って、わからないなぁ、って。ほんとに、人はいつどうなるのかわかりません。年に一度は会う叔父ですが、強面の、優しい人でした。それにしたって、はやすぎます。おばあちゃんより先に逝くのは、それは、だめでしょ。ねぇ。
嫌な予感というのは、偶然だったのか、虫の知らせだったのかは、定かではありません。ただ、母の悲しい想いはきっと、私に届いていたのでしょう。認めていないけれど、母はまぎれもなく私の母です。
ぶっちゃけ、小さいころからずっと、あの人たちの遺伝子から生まれたという感覚を得られないのですけどね。戸籍を見れば、あの両親から生まれているのです。別に、大嫌いとか恨んでるとかそんな事は根拠にしてないし、全く普通に大切にしてるけども、小さなころから、私とこの人たちは全く別の人間であるような気がしてなりません。……話はそれましたね。
昨年の終わりくらいから、時々、虫の知らせ的な何かを感じる事が多くなりました。ただの妄想なんだぜ私って電波ちゃんだな、って思うのですが。ただ、その頃からパワーストーンを特殊なのに組み替えているので、これはとうとう、現実と妄想の区別を失うきっかけを作り上げることに成功してしまったか、と、若干嘆いています。電波ちゃんにはならず、常識人でいたい!と、思う反面、元々変わった人間だから、むしろもうどうでもいよくて、そのままで良いかなとか思います。
バンド活動を始めたのも、生きてるうちにやりたいことやっておきたかったからです。やな予感がしたのもあったので、バンド活動しなきゃ!っていう感覚に陥ったのですね。色んな人にアポをとっていた数日後に、東日本大震災が来ました。だから、地震が来てもアポは取りまくったし、急ぐ形でバンド結成にこぎつけました。やりたいこと、やって楽しむのって、そもそもとっても素敵なことだしね。不謹慎かな、とか考える時間は正直なかったんです。時間あんまねぇな、って感覚の方が強いんだよ、正直。今楽しんでおかないと、悔しくて辛い想いをする。
それで。最近、こんな感じで色んなことを考えます。地震という単語をネットで検索すると、人口地震兵器だとか、ユダヤ云々、"アセンション"とか、"2012"、「インディゴチルドレン」「クリスタルチルドレン」という単語が見つかります。それに対して、私なりの答えを探してみました。混沌とした情報を全て鵜呑みにするのは嫌だし、誰かの言いなりになるのも嫌。洗脳なんて一番嫌。言葉でカテゴライズすることは、人格の虐待に値するようなものだとも考える。私の中の感覚が全てであり、唯一絶対的なもの。氾濫した情報の中で、私を叫ぶことは、唯一私にできる存在意義のようにも思える。それが私の答え。
そう、そこに辿り着きました。
私は唄を歌う。言葉を発する。
誰かに何かを伝える。
その為に生まれてきたのだと、もう十年以上前から思っています。
人は1人という存在で生きています。
人は2人以上にならずに存在しています。
人は幸せなことに1人という存在です。そして、大切な人と触れ合えるのです。
悲しみも孤独も、幸せも喜びも、全てな一つだったのです。それを考えると、そこに愛を感じます。
それを伝えなきゃね。
なんだかよくわからない不思議な社会になってきているのは、みなさんご存知のとおり。それがこれから先、どこに向かうのかは、わからないし、その理由だって知りません。ただ、なんだか嫌な虫の知らせは、他にも感じています。ただの妄想壁の女性の妄言ですんでくれれば、私はそれで幸せ。ほんとに、それが幸せなのにね。
ついさっき、某K氏とも電話で話しましたが、人はみんないつかは、なくなります。それが早くなるか遅くなるかの話です。自分だけ長く生きようという思いは、不安を広げて日々の生活を蝕みます。もう一度言います。生も死も、人には必ずやってきます。そういった意味では人は平等です。助かろうとか、逃げようとか、そんな日々を送っていたら、死ぬまでそんな日々で塗り潰してしまって、ドドメ色なわけですね。くそつまんねぇでしょ?
私は今、生きています。それはとても喜ばしいことです。
変な宗教とかじゃなくてね。人はもっと、生きている喜びを感じて、したいことをして、楽しく、主体的に生きたらいいんじゃないかな。とっても楽しいから。
ネットの海で、ただ一つだけ、好きだなぁと思う言葉があったので引用します。
「この世、宇宙、人生ってのは、
創造主が創造主自身を認識するための壮大な旅なんだよな。
んで、俺らは今個別バラバラな意識なわけだが、
いつかまた創造主の意識に戻っていく。
その時にはこれを書いている俺もこれを読んでいるお前らも実は自分だったって分かるんだろうなぁ。
もちろん今の状態からすると考えつかんけどさ。」
というものです。ファンタジーっぽいけど、凄い好きです。みんなが愛に溢れればいいな、と思えば想うほど、この文章は本当に好きになりました。
こんな文章のブログを書くのは抵抗があるんだけどね。でも、ちょっと、時間があんましないかもしんない。ただの妄想なら、それで嗤ってくれて構わない。でも、後悔はしたくない。私は私に嘘をつきたくない。
それから。蛇足ですが、ここ一ヶ月の間で、とても大切に想う人ができました。名前を見た瞬間、初めて見た感じがしなかったので、なんだこれ?って思いました。この名前知ってるぞ、って思った。勿論、会ってみたら全く知らない初対面の人ですよ(笑)。まぁ案の定、初めて会った気もカケラもしませんでしたがね。不思議な出来事。これが恋になろうが、親友になろうが、そこまでは拘りません。ただ、この人を長く長く、ずっと、大切にしなきゃな、って想うんです。誰の為とか何の為とかそんなことは全く考えてなくて、人として当たり前のことのように思うのよね。ホント変な話だけどさ。愛しいと思っています。電話をするたびに、会うたびに、それが自然なことのように思えてくる。結果は勿論、伴ってくれたら嬉しいけど、もし想いは伝わらなくても、こんな風に、愛しいと思えることに、感謝したい。…こんな気持ちになるのって、滅多にないなぁ。
家族でも友人でも恋人でも、大切だと想う人がいるのは、とても愛しいことなんだよね。
ともかく、自分に嘘をつかず、真っ直ぐに生きよう、って強く思う。
楽しいことしよう。
そうすれば、あとはなんもいらないっしょ(笑)
今週も半ばに差し掛かってきました。
人はいつなくなるかわかりません。
昨日の話です。にゃんこさんにメールで、「4/14は嫌な予感がする」って送った、その数時間後に、親から職場に電話が一本入りました。職場に親から電話があるなんて、生まれて初めてです。4/14に叔父の通夜を行うという内容でした。突然、頭が真っ白になりました。まだ、還暦くらいの年齢なのに。人って、わからないなぁ、って。ほんとに、人はいつどうなるのかわかりません。年に一度は会う叔父ですが、強面の、優しい人でした。それにしたって、はやすぎます。おばあちゃんより先に逝くのは、それは、だめでしょ。ねぇ。
嫌な予感というのは、偶然だったのか、虫の知らせだったのかは、定かではありません。ただ、母の悲しい想いはきっと、私に届いていたのでしょう。認めていないけれど、母はまぎれもなく私の母です。
ぶっちゃけ、小さいころからずっと、あの人たちの遺伝子から生まれたという感覚を得られないのですけどね。戸籍を見れば、あの両親から生まれているのです。別に、大嫌いとか恨んでるとかそんな事は根拠にしてないし、全く普通に大切にしてるけども、小さなころから、私とこの人たちは全く別の人間であるような気がしてなりません。……話はそれましたね。
昨年の終わりくらいから、時々、虫の知らせ的な何かを感じる事が多くなりました。ただの妄想なんだぜ私って電波ちゃんだな、って思うのですが。ただ、その頃からパワーストーンを特殊なのに組み替えているので、これはとうとう、現実と妄想の区別を失うきっかけを作り上げることに成功してしまったか、と、若干嘆いています。電波ちゃんにはならず、常識人でいたい!と、思う反面、元々変わった人間だから、むしろもうどうでもいよくて、そのままで良いかなとか思います。
バンド活動を始めたのも、生きてるうちにやりたいことやっておきたかったからです。やな予感がしたのもあったので、バンド活動しなきゃ!っていう感覚に陥ったのですね。色んな人にアポをとっていた数日後に、東日本大震災が来ました。だから、地震が来てもアポは取りまくったし、急ぐ形でバンド結成にこぎつけました。やりたいこと、やって楽しむのって、そもそもとっても素敵なことだしね。不謹慎かな、とか考える時間は正直なかったんです。時間あんまねぇな、って感覚の方が強いんだよ、正直。今楽しんでおかないと、悔しくて辛い想いをする。
それで。最近、こんな感じで色んなことを考えます。地震という単語をネットで検索すると、人口地震兵器だとか、ユダヤ云々、"アセンション"とか、"2012"、「インディゴチルドレン」「クリスタルチルドレン」という単語が見つかります。それに対して、私なりの答えを探してみました。混沌とした情報を全て鵜呑みにするのは嫌だし、誰かの言いなりになるのも嫌。洗脳なんて一番嫌。言葉でカテゴライズすることは、人格の虐待に値するようなものだとも考える。私の中の感覚が全てであり、唯一絶対的なもの。氾濫した情報の中で、私を叫ぶことは、唯一私にできる存在意義のようにも思える。それが私の答え。
そう、そこに辿り着きました。
私は唄を歌う。言葉を発する。
誰かに何かを伝える。
その為に生まれてきたのだと、もう十年以上前から思っています。
人は1人という存在で生きています。
人は2人以上にならずに存在しています。
人は幸せなことに1人という存在です。そして、大切な人と触れ合えるのです。
悲しみも孤独も、幸せも喜びも、全てな一つだったのです。それを考えると、そこに愛を感じます。
それを伝えなきゃね。
なんだかよくわからない不思議な社会になってきているのは、みなさんご存知のとおり。それがこれから先、どこに向かうのかは、わからないし、その理由だって知りません。ただ、なんだか嫌な虫の知らせは、他にも感じています。ただの妄想壁の女性の妄言ですんでくれれば、私はそれで幸せ。ほんとに、それが幸せなのにね。
ついさっき、某K氏とも電話で話しましたが、人はみんないつかは、なくなります。それが早くなるか遅くなるかの話です。自分だけ長く生きようという思いは、不安を広げて日々の生活を蝕みます。もう一度言います。生も死も、人には必ずやってきます。そういった意味では人は平等です。助かろうとか、逃げようとか、そんな日々を送っていたら、死ぬまでそんな日々で塗り潰してしまって、ドドメ色なわけですね。くそつまんねぇでしょ?
私は今、生きています。それはとても喜ばしいことです。
変な宗教とかじゃなくてね。人はもっと、生きている喜びを感じて、したいことをして、楽しく、主体的に生きたらいいんじゃないかな。とっても楽しいから。
ネットの海で、ただ一つだけ、好きだなぁと思う言葉があったので引用します。
「この世、宇宙、人生ってのは、
創造主が創造主自身を認識するための壮大な旅なんだよな。
んで、俺らは今個別バラバラな意識なわけだが、
いつかまた創造主の意識に戻っていく。
その時にはこれを書いている俺もこれを読んでいるお前らも実は自分だったって分かるんだろうなぁ。
もちろん今の状態からすると考えつかんけどさ。」
というものです。ファンタジーっぽいけど、凄い好きです。みんなが愛に溢れればいいな、と思えば想うほど、この文章は本当に好きになりました。
こんな文章のブログを書くのは抵抗があるんだけどね。でも、ちょっと、時間があんましないかもしんない。ただの妄想なら、それで嗤ってくれて構わない。でも、後悔はしたくない。私は私に嘘をつきたくない。
それから。蛇足ですが、ここ一ヶ月の間で、とても大切に想う人ができました。名前を見た瞬間、初めて見た感じがしなかったので、なんだこれ?って思いました。この名前知ってるぞ、って思った。勿論、会ってみたら全く知らない初対面の人ですよ(笑)。まぁ案の定、初めて会った気もカケラもしませんでしたがね。不思議な出来事。これが恋になろうが、親友になろうが、そこまでは拘りません。ただ、この人を長く長く、ずっと、大切にしなきゃな、って想うんです。誰の為とか何の為とかそんなことは全く考えてなくて、人として当たり前のことのように思うのよね。ホント変な話だけどさ。愛しいと思っています。電話をするたびに、会うたびに、それが自然なことのように思えてくる。結果は勿論、伴ってくれたら嬉しいけど、もし想いは伝わらなくても、こんな風に、愛しいと思えることに、感謝したい。…こんな気持ちになるのって、滅多にないなぁ。
家族でも友人でも恋人でも、大切だと想う人がいるのは、とても愛しいことなんだよね。
ともかく、自分に嘘をつかず、真っ直ぐに生きよう、って強く思う。
楽しいことしよう。
そうすれば、あとはなんもいらないっしょ(笑)