昔、地元の駅のコンビニで一年くらい働いてたのですが、そこのおばちゃんを自分の母親のように慕っていたのですよ。

なんと、二年ぶりくらいに会えました!

シフトの都合が合わないのか、なかなか会えなかったのですよ。今日やっと会えた!会った瞬間、両手を口元に当てて、ああああー!とか10秒くらいフリーズされました。

まさかそんなに感動される人間に自分がなってしまったとは!!私も感動したけどな!わーー!

そうだよねぇ、家飛び出して、二年くらい経ったもんなぁ。でも二年しか、って感じですよ。まだまだ。まだまだ。



人は色んな取捨選択の元に人生を歩む訳だけどさ。過去も、これから先も涙が止まらないくらい辛いことがいっぱいいっぱいあるとおもうけど、それすらも、自分の歩んできた、歩む道を、自分で全て選んでのことなんだよね。誰かの所為でもない、自分自身の問題でさぁ。それを見つめる誠実さが、欠けてしまったら、人を愛することもできなければ、受ける愛にも気づけない人間になってしまうんだろうなぁ。それを多分、孤独という。孤独とは、ひとりのことだ。

一番大切な自分という人間すら見つめられなくなったら、自分自身を認められなくなったら、手も足も、目も耳も、こころも頭も、全部、見えなくなって消えてなくなってしまう。生きてる人間じゃなくなってしまうんだ。

相対的な価値観でもってしか、自分の存在を確認できない状態から、一歩前へ進む事ができたら、きっと、もっと、暖かい、人と繋がるしあわせに気付く事のできる人生になれるはず。


最近、物でも生き物でも目に見えない感情でも、使い捨てにする傾向があるのは、物が溢れた社会だからこそなのか。

…説教くさいとは、歳かな。これはいかんな。