彼女が告げたさようならに僕は何も答えなかった。きっとそういう総てだったんだ。コーヒーカップを片手に、ソーサに微かな音を立てそれを置くと、閉じられた文庫本をもう一度開く。しおりとなった紐は色褪せており、毛先もバラバラになってから時は短く無いようだった。文字列を右上から追う。一行、また一行。目の奥に飲み込んでいって消えた脳の先で蓄積されていく黒い染み。きっといつかまた思い出す。その蓄積された言葉の端々を、今この時彼女を思い出したみたいに断片を作り上げて僕に呼び掛ける。さようなら。今貴方の目に見えているコーヒーの色は、その文字を集めても作り出せない、褪せ焦げた茶だ。
僕がまだ彼女と一緒にコーヒーを飲んでいた頃……
本編へ続く