「LOGAN/ローガン」

個人的満足度(五つ星)

★★★★

 

 ちょっと唐突ですが、2017年公開作で印象に残った映画について書いておきたいと思います。

 この作品は、先天的に超能力を得た新人類「ミュータント」たちの戦いを描くアメコミ「X-MEN」シリーズのスピンオフ作品。主人公は、不老不死の回復能力と、破壊不可能の金属アダマンチウムに覆われた鍵爪を両手から出す能力を持つ男ローガン、コードネーム「ウルヴァリン」です。

 ミュータントが産まれなくなって数年後の2029年。かつての師であり、テレパシー能力を持つ老人チャールズ・エグゼビアを養いながら、メキシコでひっそり暮らしているローガン。彼自身もとある理由で回復能力を失い、老いつつありました。そんな中、謎の武装集団に追われるひとりの少女ローラと出会ったことから、2人は彼女を仲間が待つというカナダまで送り届ける旅へと出ることとなります。そして、ローラはなぜかローガンと同じ能力を持つミュータントでしたー。

 個人的にこの作品を楽しむポイントは、「過去シリーズと違うタイムラインの物語」であると認識して観ることだと思います。後述するように、細かい設定だけでなくキャラクター描写にまで過去シリーズとの大きな矛盾点があるからです。そうした意味では、多少補完しながら観れば、シリーズを抜きにして単体の作品として楽しめると思います。

 脚本は結構歪なところがあってそこは痛いところなのですが、それ以上に「父と娘の物語」であり、「終わる」ことの意味を描いた物語であり、「人とうまく付き合えないダメ男がもがく」物語であり、私は心を打たれました。

 

 

〈以下ネタバレあり〉

 

 

 私は最初に観た時は、X-MENシリーズの続きとして見たので、正直う~ん…という感じでした。これまでのシリーズでのローガンは、簡単に民間人を殺すような男ではないし、ぶっきらぼうでも割と優しさを表に出す人物です。彼がこれまで幾多の困難を乗り越えてきたことを考えると、本作でのやさぐれ方にはどうしても違和感があり、一時ローラを見捨てようとしたようなことは、これまでのローガンなら絶対しない行動でしょう。そしてなにより、時系列的な前作「フューチャー&パスト」の幸福なエンディングを思うと、ファンとしては正直観ているのがあまりにもつらい物語になっています。

 そう思っていたところ、TBSラジオの番組「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」の映画評論コーナーで宇多丸さんが、「ローガンはこれまでのシリーズとは違うタイムラインの物語である」という旨の解釈を話されており、とても納得しました。そもそも原作のアメコミも「もしも」の世界のパラレル設定の物語が多いそうですし、この映画もそうしたものであると捉えれば違和感はかなり消えると思います。

 

 本作の最大の特徴は、ヒーローの人生の「終わり」をテーマに描いていることだと思います。マーベルのユニバースなど、延々と続く傾向のあるアメコミ、ハリウッド映画の潮流の中においてとても意欲的なテーマでしょう。そもそもローガンは不老不死の能力のため死ねない、自分の人生を「終わらせられない」ことで苦しんでいるキャラクターです。本作で彼はローラなど他者とのコミュニケーションがうまく取れない男として描かれます。「自分の愛した人は皆死ぬから」とその理由を語りますが、それ以外に延々と続く人生の終わりが見えないがゆえに、今この瞬間必死になってまで他人に心を開こうと思えないという部分があるのではと思いました。それはローラも同じで、二人は最後の最後までお互いに心を開こうとしません。そんなローガンもついに自らの死を悟り、その時初めてローラにまっすぐな言葉を伝え、ローラも涙を流して心を開きます。最期の時に初めて心を開くことができたというのが、皮肉であり切ないのですが、ここには終わりがあるからこそ必死になれるし、輝くことができる生というテーマも込められているように感じました。

 

 本作は世界観も独特。もはやヒーローが救うべき「世界」はなく、すべてがゆっくりと滅びに向かっている雰囲気が全編に漂っています。そんな世界の片隅で、それでも生きて守るべきものを見出していくという物語は、つらく厳しいものですが、独特な魅力を持っている世界観であると思います。

 ローガン自身も終始ダメな部分を持った人間、特に娘との接し方がわからない男として描かれており、彼女に対して冷たい態度をとり続けます。チャールズを埋葬した時、手を握ってくれたローラに対し、どう答えたらいいかわからず一瞬の迷いの末に手を払ってしまう場面など、最後まで安易に心を開かせず微妙な葛藤を表現した演出がとても良かったと思います。

 主演のヒュー・ジャックマンの演技は気合が入っていましたが、脇の役者陣もとてもよかったです。ローラ役のダフネ・キーンは視線の強さが印象的で黙っていても存在感がありました。悪役ドナルド・ピアーズ役のボイド・ホルブルックは、ホテルでのチャールズの暴走の後に車から転がり落ちる場面など、コメディ感が光っていました。

 

 が、感動的な本作の脚本は結構大きな穴が多いように思います。看護師のガブリエラは、「エデン」についてどのような認識だったのか、ローガンになぜきちんと説明を残さなかったのか。ピアーズは戦闘力の高いローラとローガンがいる場所になぜ一人でやってきたのか、ローガンは敵の追撃がくることを予測しながらなぜピアーズの後始末という危険な任務をキャリバン一人に任せたのか。ローラがしゃべらなかった理由、しゃべり出した理由は何なのか。このあたりは脚本の都合で各キャラが不自然な行動をとってしまっています。ローラを置き去りにしようとしたローガンが彼女を連れていくと心変わりした理由も、彼女がミュータントだと知ったからなのかもしれませんが、ちょっと飲み込みにくかったです。

 ローラの素性をスマホの映像で見せるくだりもちょっと説明的な気が…。そもそもあそこまで決定的な映像が取れていればネットに流して告発すればいいと思いました。

 また、ローガンたちが一晩を共にしたばっかりに悲惨な目にあってしまう一家。ローガンの自分と関係を持った人が皆死ぬというトラウマを表現しているのかもしれませんが、このくだりに関してはローガンは泊まることに否定的でしたし、別に彼のせいで一家が殺されてしまったわけではないので、どういう意図の展開なのか違和感がありました。

 最後の場面では「シェーン」が引用されますが、個人的には「人を殺したものはもう元には戻れない」とかそういうテーマの映画ではないと思ってみていたので、ここも違和感を感じてしまいました。

 

 繊細でリアル志向の映画であるが故に、こうした脚本の穴が目立って感じられてしまい、個人的には手放しでほめられる作品ではないのですが、近年の映画界のある意味では悪しきものかもしれない潮流の逆を行く、非常に意義深い作品であり、胸を打つまっとうなテーマを持った作品であると思います。