大谷翔平選手が大リーグのMVP=最優秀選手に選ばれましたね。
大リーグのMVPは全米野球記者協会に所属する記者30人の投票で選ばれますが、
記者全員が大谷選手を1位とする「満票」だったこともすごかった。
今期の大谷選手はピッチャーとして9勝、156奪三振。
バッターとしてホームラン46本、100打点、26盗塁。
この成績だけで驚異ですが、何よりも凄かったのは「常識」をひっくり返したことでしょう。
遠い昔にはベイブ・ルースのような「二刀流」の選手がいたわけですが、
近年の高度化したメジャー・リーグで投手と打者の両立ができると考える人はいなかった。
それが、ケガを乗り越えて両方の役割に堂々と挑み、「やればできちゃう」ことを大谷選手が示してしまった。
硬直した発想を塗り替えたことが今回の「満票」による受賞につながったのだと思います。
最近、ITの力によって個人の眠っていた力が発掘されたり、
地方にいる人材が活躍できたりしているわけですが、
「こうあるべき」という発想で才能の芽を潰してしまうのは非常にもったいない。
「もっと自由な発想を持っていいんだよ」ということを教えてもらったような気がします。
ジャズ界で「二刀流」というとジャック・ディジョネットがその一人でしょうか。
ドラマーとして現代ジャズ界の「巨匠」の域に達している人ですが、
ピアニストとしても優れた腕を持っていて、
「ジャック・ディジョネット・ピアノ・アルバム」という作品まで発表しています。
実はディジョネットはもともとピアニストでした。
1942年にシカゴに生まれたディジョネットは4歳からピアノを始め
ドラムを始めたのはかなり後になってからだということです。
50年代から60年代の初めにはクラブでピアノとドラムの仕事を
R&Bグループなどで行っていました。
20歳を過ぎてからニューヨークに渡り、チャールス・ロイド(ts,fl)やビル・エヴァンス(p)、
マイルス・デイヴィス(tp)といったグループに参加することでドラマーとしての名声を確立、
70年代中盤からはバンド・リーダーとしても活躍することになります。
早い時期から変化に富むパーカッシブな奏法と波を作り出すようなダイナミズムで
他のドラマーに絶大な影響を与えました。
その後、キース・ジャレット(p)の「スタンダーズ」などを経て、
最前線に立ち続けていることはご存じの通りです。
ディジョネットが1985年にピアノ・アルバムを制作するきっかけが何だったのか、
資料を探しましたが見つかりませんでした。
おそらく、プロデューサーのオリン・キープニュースが大きな役割を果たしたのでしょう。
自身が同年に設立したレーベル「ランドマーク」で意欲作を出したい時期に
ディジョネットのピアニストとしての才能を知らしめたかったのだと推測します。
おそらく演奏者を知らない人がこの作品を聴いて「マッコイ・タイナーか?」と思うことがあっても、
ドラマーがピアノを弾いているとは想像できないはずです。
1985年、NYでの録音。
Jack DeJohnette(p、syn)
Eddie Gomez(b)
Freddie Waits(ds)
③Countdown
作曲はジョン・コルトレーン。
2分30秒ほどの短い演奏ですが、スピーディーなアドリブで入り
そこからテーマのコード進行を生かしながらソロを続けるという展開。
自身がドラマーでありながら、フレディ・ウェイツのパワフルで
繊細なドラミングとの「対話」になっている構成が面白い。
ひたすら音を転がすようなディジョネットのピアノは音がクリアで硬質。
この連打に対してフレディ・ウェイツがしばらくはシンバル中心でこらえていますが
1分20秒過ぎ辺りからタムなどを使って盛り上げていき
ディジョネットがそれを受けながらテーマを本格的に提示する流れがスリリング。
ドラマーのことを思いながら演奏したらこうなった?のでしょうか。
⑦Ahmad The Terrible
ディジョネットのオリジナル。
ピアニストのアーマッド・ジャマルに敬意を表した曲だと思われます。
変拍子を取り入れたテーマに続くディジョネットのソロは意外に思うほどストレート。
4ビートに乗って、重たいタッチでありながら非常にスイングしています。
その一方で3分過ぎからは雄大なスケールを感じさせる演奏も行って
音楽全体を設計する余裕があります。
「二刀流」であることの効果はこんなところにもあるのかもしれませんね。
ジャマルの有名曲「ポインシアーナ」から持ってきたアレンジを後半に据えながら
演奏を楽しんでいる様子が伝わってきます。
⑧Quiet Now
デニー・ザイトリンの作曲。
こちらは何と、ピアノ・ソロでしっとりとしたバラッドを見事に弾ききっています。
まず、メロディがストレートに提示されます。
非常にゆっくりと、曲を愛おしむように淡々と進むのが印象的。
一切の装飾を排したところにディジョネットがこの曲に寄せる思いと
ピアニストとしての覚悟が感じられます。
ソロに入ると、テンポは維持しつつ連続フレーズが投げ込まれます。
一瞬、緊張感が走りますが、そこからはまた抑制された演奏に戻り
キリッとした音が一つずつ放たれます。
こうしたソロでの構成力にドラマーやピアニストといった枠を越えた
ディジョネットの「音楽家」としてのセンスがあります。
最後はメロディがやや重みを持ちつつ提示され
ビル・エヴァンスの「ピース・ピース」を思わせるコードを使いながら
静かに終わっていきます。
ディジョネットはオリン・キープニュースというプロデューサーのもとで
「型破り」なピアノ作品を発表することができました。
大谷選手も、昨シーズンからエンジェルスを指揮するマッドン監督に支えられた面が大きかったようです。
マッドン監督が来る前は、大谷選手に「ルール」が科されていました。
それは「二刀流」による疲労を心配し、ピッチャーとして登板する前後の日は
試合に出場させない、というものでした。
マッドン監督は登板する日の前後もバッターとしての出場を許し、
さらに投打両方で出場することも解禁しました。
大谷選手のコンディションと意志を尊重したわけです。
常識をはるかに超える成果を挙げるには、周囲の理解も欠かせない。
大谷選手が日本で夢を追い求めた時に支え続けた日本ハムファイターズのスタッフも含め
今回の成果は多くの人の協力があったことも忘れてはいけないと思います。
