トランスルーセント・レッド/ウォルター・ラング・トリオ | スロウ・ボートのジャズ日誌

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ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。

 

あけましておめでとうございます。

2020年の東京は穏やかな朝を迎えました。

 

既に語られ過ぎていますが、ことしは「オリンピック・イヤー」。

私が予想するのは、「街に赤があふれる」風景です。

日の丸の旗や応援者が身につけるもの、さらには広告・・・。

オリンピックという一大イベントを受けて、この力強い色が氾濫することでしょう。

 

1964年の東京オリンピックで使われた有名なポスターがこちら。

亀倉雄策がデザインしたもので、赤とゴールドの単純な組み合わせが美しいです。

 

 

日本オリンピック委員会の公式HPの記事を読むと、

亀倉はこのデザインについて以下のように語っています。

 

単純でしかも直接的に日本を感じさせ、

オリンピックを感じさせる、むずかしいテーマであったが、

あんまりひねったり、考えすぎたりしないよう

気をつけて作ったのがこのシンボルです。

日本の清潔な、しかも明快さと、

オリンピックのスポーティな動感とを表してみたかったのです。

その点、できたものはサッパリしていて、

簡素といっていいほどの単純さです。

 

ここでのキーワードは「明快さ」だと思います。

社会が発展を続け、「成長」という方向が明らかだった時代。

オリンピックにもいまほどカネの臭いがせず、

はるかにロマンを感じることができたでしょう。

鮮やかで圧倒的なパワーを持つ「赤」が選ばれたのも分かる気がします。

 

さて、ことしの東京を覆う「赤」はどんなものなのでしょう?

一見、明るいかもしれませんが、もっと異なる思いが込められた

「微妙な色」になっているのではないでしょうか?

 

オリンピックが「復興五輪」と言われながら、

東京の整備が優先され、東北の被災地の復旧を遅らせてしまった事実。

平和や共生、レガシーという理想が語られながら、

その実現に向けてどれだけのことがなされているのかという疑問。

先ほど紹介した日本オリンピック委員会の公式HPを見ても、

2020年東京五輪が目指すビジョンを探すのは非常に難しいのです

(というか、いまだにどのページに書いてあるのか見つけられない・・・)。

https://www.joc.or.jp/

 

おそらく、今回のオリンピックは立場によって見える風景が全く異なるはず。

「赤」が街頭にあふれた時、その背後にあるものを少しでも心に留めておくことが

実は大会の本来の目的に近づくような気がします。

 

今回は「微妙な赤」を描いたピアニストの作品を聴いてみましょう。

ウォルター・ラングの「トランスルーセント・レッド」です。

「トランスルーセント」というのは「半透明な」という意味。

この微妙なバランスをラングはタイトル曲以外でも描いているように思え、

「赤」の様々な側面を感じることができます。

 

ちなみにラングは1961年、ドイツ出身のピアニスト。

アメリカ・ボストンのバークリー音楽院とオランダのアムステルダム芸術大学で

ピアノと作曲を学んだそうです。

近年は福盛進也(ds)がECMから出した作品で共演するなど、

日本でもなじみがある存在です。

現代的な明確な響きと、歌心を兼ね備えたピアノは確かに

日本人好みかもしれません。

 

2018年7月9日、イタリアでの録音。

 

Walter Lang(p)

Thomas Markusson(b)

Sebastian Merk(ds)

 

①Nancy

ジミー・ヴァン・ヒューゼンによるスタンダード。

こちらは「落ち着いた快活さ」という、ちょっと矛盾した肌触りがある演奏です。

メロディに明るさがある一方で、テンポはミディアムからやや抑え気味といったところ。

ラングのピアノ・ソロも「走る」ことがなく、音をいい意味で「一つ一つ置き」、

喜びを内面に抱えながらうたっているかのようです。

とてもチャーミングでありながら、大人びた側面を見せる少女を描いているような・・・

色に例えると「ちょっと黒が入った赤」なんでしょうかね?

 

④Translucent Red

ラングのオリジナル。

「半透明の赤」ですが、少し「くすんだ赤」とでも言えばいいでしょうか?

静かなピアノのみによるイントロが奏でられ、ラングらしい美意識が表された後、

スロー・テンポで訥々とソロが展開されます。

やや哀しみをたたえた演奏ですが、ラングらしい重くならない抒情性と

美しい響きが印象的です。

 

⑤La Musa

ラングのオリジナル。ドラムが刻むビートがキース・ジャレット(p)の

「スタンダーズVol.1」にある「ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド」を思わせ、

明るい躍動感にあふれています。

ラングは案外、こうしたカントリーを思わせる大らかな曲調も好きだという

うれしい発見がありました。

ラングのソロは気持ちよく大地に向かって広げていくようなスケール感があり、

個人的に気に入っています。

マーチングバンドが身につけているような「鮮やかな赤色」ということになりそうです。

 

他にも「可憐な赤」を思わせる⑧I Loves You, Porgy

スペインの情熱的な赤が似合う ⑫Sevilla など印象深い曲が多いアルバムです。

 

「単純でしかも直接的に」感じられるものではなくなった現代のオリンピック。

だからこそ、そこに私たち自身が様々な「色合い」を込めていい。

ことしオリンピックをやるなら、それぐらいの意味を加えないともったいないし、

現代に開催する意義がないと思います。