ワーク・タイム/ソニー・ロリンズ | スロウ・ボートのジャズ日誌

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ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。

 

月曜日に発表された元号「令和」。

2日経ったいまもこの元号をめぐる様々な動きが報じられています。

 

「令和」と同じ文字の「れな」ちゃんという名前の子どもが注目されたり、

出典を受け、万葉集の関連書籍が人気になったり。

さらには改元に便乗して高齢者に「古いキャッシュカードが使えなくなる」などと言って

金をだまし取る詐欺犯まで・・・。

 

これらの動きは「ばかばかしいけど、何か楽しい」ものとして受け止められ、

総じて「新しい時代」への歓迎ムードが高まっているように思えます。

 

しかし、私自身は何か引っかかるものを感じてきました。

元号自体は日本の伝統として「あり」な気がする一方、

あまりに能天気なムードには違和感があったのです。

 

すると、その感覚を的確に言い当てている識者の意見がありました。

思想家の内田樹さんは今回の改元についてこう指摘しています。

 

問題は政権が元号発表を政治ショー化したことだ。

首相や官房長官ら現政権側が大量にメディアに露出し、

お祭り気分をあおることで、政治的な難問は棚上げされた。

統一地方選の最中であり、フェアではない。

元号のような文化的な制度にこのように露骨に

政治的な策略を絡めたことについては、

私は元号擁護論者として強い不快感を覚えている。

(朝日新聞4月2日朝刊より引用)

 

そうなのです。

考えてみると、「平成」に元号が決まった時は

「政治色」がかなり排除されていました。

今回のように首相が会見することもありませんでしたし、

文字から為政者の「個人的な思い」を感じることもありませんでした。

 

さらに振り返れば、「昭和」という元号には複雑な思いを持つ人が多かったと思います。

私自身も現代史を知るにつれて、「昭和」という元号は

「戦前」と「戦後」という時代の変化を分かりにくくする「隠蔽効果」が

あるのではないかと疑っていました。

日本をめぐるルールはすっかり変わってしまったのに、

時代を支配する元号は戦前と同じでいいのか・・・。

 

それが、「平成」の30年間に元号の負のイメージは払拭されてきました。

おそらく現在の天皇が「象徴」という役割を定着させるため

戦争や震災の犠牲者に祈りを捧げてきたことが大きかったのでしょう。

天皇と、その存在に基づく元号への「抵抗感」は着実に薄れてきたのです。

 

そうした中、新元号は「ライトな」装いで提示されました。

安倍首相が会見でこんなことを言っています。

 

「日本人が明日への希望と共に、それぞれの花を大きく咲かせることができる。

 そうした日本でありたいとの願いを込めた」

 

何だろう、このぼんやりした「雰囲気」が勝った表現。

ここには歴史に対する緊張感が欠け、為政者側の「思い」が優先されているようです。

 

いまはお祭り騒ぎの中でもてはやされている「令和」ですが、

私は実生活で使われることはどんどん減っていくと思います。

理由は簡単で、こうした底の浅さというのは次第に露見し、飽きられていくからです。

中国の古典ではなく、「国書」を典拠とするという「閉じられた」感覚も、

現在のトランプ~安倍時代には受けるでしょうが、やがて古びていくでしょう。

 

「陳腐なショー」より「本物のショー」を。

今回はそんな気分の中でジャズを聴いてみましょう。

ソニー・ロリンズ(ts)のアルバム「ワークタイム」から

「ショウほど素敵な商売はない」です。

 

このアルバム、ロリンズが名作「サキソフォン・コロッサス」を

吹きこむ半年前に制作されました。

クリフォード・ブラウン(tp)~マックス・ローチ(ds)クインテットの

メンバーとして活動していた時期でもあり、

「上り調子」にあるロリンズをドキュメントしています。

 

1955年12月2日、ニュージャージーのヴァン・ゲルダー・スタジオで録音。

サイドマンにはマックス・ローチも参加しています。

 

Sonny Rollins(ts)

Ray Bryant(p)

George Morrow(b)

Max Roach(ds)

 

①There's No Business Like Show Business

アーヴィング・バーリン作曲のミュージカル・ナンバー。

ロリンズは当然、テナー・サックスで歌い上げるのですが、

そのプレイが半端ではありません。

まず短いドラムのイントロから猛烈なアップテンポでリズム隊があおります。

しかし、それに乗ってメロディを吹くロリンズは悠然としているのです。

そのコントラストがお見事。

メロディの中ではベースのみをバックにテナーが歌い上げるアレンジも施され、

ミュージカルの一場面で歌手がソロを取っているかのような気分になります。

そのままロリンズのソロになりますが、次々によどみなくフレーズが飛び出し、

彼の持つイマジネーションに驚きます。

その中で、急速調とふっと流れを遮断するプレイを織り交ぜる絶妙さ!

窺えるのは当時のロリンズの圧倒的な自信です。

レイ・ブライアントの短いピアノ・ソロの後に続く

マックス・ローチのソロも素晴らしい。

次第に手数を増やしていき、最後はシンバルで歌い上げて

ロリンズに渡すところはスリル満点です。

力強いステージを見せられた気分になることは間違いありません。

 

この曲、もともとの歌詞は「ショービジネスって何?」という

疑問に答える内容になっています。

基本的にショーの魅力を歌っているのですが、

楽しいことばかりでもありません。こんな一節があります。

 

ショーほど素敵な商売はない

ほかのどんな仕事よりも

(中略)

衣装、舞台、お化粧、付き人

調子が悪いと聴衆が励ましてくれる

頭痛、胸の痛み、背中の痛み

保安官に街の外に追い出される

心が騒ぐオープニング

お客がいない千秋楽

ショーほど素敵な商売はない

(拙訳)

 

私たちの「人生のショー」は複雑な舞台です。いい時もあれば悪いこともある。

その面白さと、落とし穴も含めた危うさへの理解がなければ

底の浅いものになってしまいます。

 

改元というお祭り騒ぎの中で「雰囲気に生きる」よりも

来るべき時代の中でどうしたたかに、楽しんで生きるか。

新元号はそんなことを考えるきっかけになりました。