スウェディッシュ・シュナップス/チャーリー・パーカー | スロウ・ボートのジャズ日誌

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ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。

 

厚生労働省が賃金や労働時間に関する調査を不適切な方法で行っていた

問題が発覚しました。

「毎月勤労統計調査」で、従業員が500人以上の大規模な事業所については

すべて調査しなければいけなかったのに、

都内ではおよそ3分の1の事業所しか調べていなかったということです。

 

この統計は法律で政府の「基幹統計」と位置付けられ、

GDP(国内総生産)や景気動向指数といった経済指標の算出にも使われるそうです。

そんな重要な統計が2004年から不適切な方法で調査され、

雇用保険や労災保険などの給付額が本来より少なかった人が

1900万人以上いるというのですから、大変なことです。

 

統計がないがしろにされたり、森友学園をめぐる問題で

「記録がある・ない」といった話が出ると、大学時代のことを思い出します。

法学部にいた私は「行政学」の講義を受けていました。

行政の組織や管理のあり方について学んだのですが、

正直、そこで示された内容はそれほど新鮮には感じられませんでした。

 

行政の世界では「文書主義の原則」というものがあります。

行政活動の正確性を確保し、責任を明確にするため

事務を行うにあたって記録文書を残すことになっているのです。

近代以前はこうした原則がなかったので、大切なことだと教えられたのですが、

「まあ、いまはみんなやってるよな」と受け止めていました。

むしろ役所は難しい文書を作りすぎじゃないかと・・・。

 

しかし、昨今の状況をみると「近代以前」に戻ったように感じます。

正確な記録は取られていない、記録があっても後から書き直される、

あるいはどこかに隠される・・・。

行政側に「どうせちゃんとチェックされることはない」という思い上がりがあったのでしょうか?

大学の講義で聞いた「当たり前のこと」は意外にも脆く、失いやすいものだったのです。

 

日本が先進国としてカウントされているのは経済力と共に

ある程度の信用が担保されているからでしょう。

その中には「法の支配が行き届いている」「行政が対外的・対内的に嘘はつかない」

といった要素もあるはずです。

こうした「基本」が揺らいでしまうと、後進国呼ばわりされてもしょうがない気がします。

 

まず「基本」に立ち返るべき・・・

今回はそんな気分でモダン・ジャズのスタイルを作り上げたミュージシャンに

登場してもらいましょう。

チャーリー・パーカー(as)です。

 

このブログを読んでくださっているような方にはいまさら説明の必要はないでしょうが、

パーカーは1940年代に「ビ・バップ」で即興の演奏法を一新させました。

その後のジャズで彼の影響を受けていない人はいないと言っていいでしょう。

 

彼が残した作品群の中で、比較的親しみやすいとされているのが

「スウェディッシュ・シュナップス」です。

私が持っている90年代後半に再発された日本版CDでは

1949年と1951年のかなり安定したパーカーの演奏が収められています。

あまり「ぶっ飛んで」いない分、リラックスしたパーカーのプレイが聴けるので

気軽に「基本」をマスターするにはもってこいのアルバムです。

 

1949年5月、1951年1月と8月にNYで録音。

メンバーはそれぞれのセッションによって変わっているので、曲ごとにご紹介します。

 

⑥Lover Man

これは1951年8月の録音。メンバーは以下の通り。

Charlie Parker(as)

Red Rodney(tp)

John Lewis(p)

Ray Brown(b)

Kenny Clark(ds)

冒頭、パーカーがちょっと音を震わせた泥臭い演奏でメロディを提示します。

バランスが崩れないかな?という不安もつかの間、後は好調な「パーカー節」が続きます。

その魅力を要約すると「スピード感と絶妙な間の取り方、意外な音の選択」

ということになるでしょうか。

実際、このバラッドではリズム隊がスロー・テンポで進む中、

パーカーはいきなり疾走し猛烈なパッセージを示したかと思うと、

一瞬の間を空けて全く異なる音の列を並べ、メロディにすんなり戻ったりするのです。

展開の意外さと、それを音楽に「落とし込んでしまう」のがジャズの大きな魅力。

そのスタイルをパーカーが作っていたことをよく示す演奏だと思います。

 

⑬Star Eyes

パーカーのオリジナル曲で、こちらは1951年1月の録音。

Charlie Parker(as)

Miles Davis(tp)

Walter Bishop(p)

Teddy Kotick(b)

Max Roach(ds)

ラテン調のイントロでマイルスのミュート・トランペットが柔らかい雰囲気を作ります。

そこにパーカーがメロディを引っ提げて登場。

と言っても過激なわけではなく、非常に伸びやかで落ち着いたプレイで、

パーカーに優しい側面があることがあることが分かります。

続くマイルスのソロはミュートを使っていません。

音の連打ではなく、適度なスペースを作って構成するという

マイルスの個性が既にできあがっており、円熟すら感じさせる好演です。

短いピアノ・ソロの後、再びパーカーへ。

走り出しの数小節のスピードがすごいのですが、

サッとミドル・テンポのメロディに戻っていきます。

「こんなこと、簡単にできるんだよ」と言わんばかりの余裕の演奏が

後輩のプレーヤーをどれほど刺激したことか、想像するだけで楽しくなります。

 

今回、パーカーをセレクトしたのですが、

私の場合、普段その作品を棚から取り出すことは少ないです。

なぜだろう?と考えたのですが、やはり「基本中の基本」だからではないでしょうか。

「大事なことだと分かっているけど、昔に作られたものだし、

後進が受け継いだものが現代にあるんだから、いまさらいいんじゃない・・・・」

そんな気分があることは否めません。

 

でも、たまに確認してみると、そこには大切なエッセンスがぎゅっと詰まっている。

何か危ういことがあった時、「基本」に立ち戻ることは悪くないと思います。