ザッツ・ヒム!/アビー・リンカーン | スロウ・ボートのジャズ日誌

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ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。


安全保障関連法案が今週にも参議院で採決されるかもしれません。


この法案の問題点は様々なところで指摘されていますので、

いまさら私が説明する必要はないでしょう。

ただ、この法案には底知れない「怖さ」があります。


それは、

「これができるなら、政府への歯止めは何もなくなってしまう」

ということではないでしょうか。


政府は憲法という規範を守ることで正統性を与えられているはずです。

しかし、安倍首相は「違憲」という指摘を完全に無視して突き進んでいます。

これが通るのであれば、もはや日本は法治国家ではなくなります。

そのとき、この国に何が起こるのか?

戦争をできる国になる以前に、権力の暴走が止まらない事態を怖れます。


そして、法治国家でなくなった暁には、国民に究極のモラルハザードが広がるでしょう。

最高権力者であれば、国民が抱く虚無感というものが

致命的に国の力を落としていくことに敏感になって欲しいものですが・・・・無理でしょうね。


いま、対抗する野党も弱く、法案の成立は止められないかもしれません。

そんな中で一つの希望となっているのが、全国で広がっているデモによる抗議活動です。

きょう、私は拡散し続けるこの動きへの関心を抑えられず、二つの運動を見てきました。

そこで感じたことを以下に記しておこうと思います。


まず向かったのは国会議事堂前でした。

大規模な抗議活動は14日(月)に予定されているということで、

昼過ぎの国会周辺は思っていたより落ち着いていました。


それでも国会正門前の通りを挟んでデモ隊がいて、正確には分かりませんが

200~300人は集まっていたのではないでしょうか。

安保法制反対のスピーチが話し手を代えて次々に行われていました。

しかし、正直に言うとそこでの「言葉」に私は少々違和感を覚えました。


このとき活動していた人の多くは労働組合関係者であったり、全学連の人だったり。

どちらかというと「伝統的な左」の人たちです。

彼らの話す言葉にもちろん「熱」はあるのですが、その中にあまり「私」がありませんでした。

「政府がやっていることはおかしい」という正論は聞こえてくるのですが、

それが自分にとってどんなことを意味するのかという言及は少なかった気がします。


言葉が刺さってこない。

そう感じた私は、新宿に移動することにしました。

駅の南口でも抗議活動が行われているとネットで知ったからです。


活動を行っていたのは「戦争をさせない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」でした。

ホームページを見ると、この会には作家・学者・アーティスト・ジャーナリストなどが

幅広く参加しています。

ただ、実際に現場にいて街頭スピーチをしていたのはごく一般の市民でした。

集まったのもネットつながりで、以前からの知り合いということでもないそうです。


こちらのスピーチは聞き応えがありました。

みなさん、「普通の人」だけに弁舌なめらかとは言えませんでしたが、

それぞれが自分なりに考えた末に行動していることが伝わってきました。


「自分の子どもを戦争に巻き込みたくない」という主婦、

「いまの公明党にがっかりして運動を始めた」という創価学会員・・・・

それぞれの主張すべてに納得したわけではありませんが、

彼らは「私はここに疑問を感じ、この現場に立つことにした」という伝え方をしており、

「私」=「主語」を明確に持っていました


こうした「個人が考え抜いた切迫した言葉」が多く放たれるとき、

周囲の人たちもハッとするのだと思います。

現に、南口では通りかかった人たちのうち少なからぬ人が署名に応じていました。

親子連れやお年寄りの割合が高いようでしたが、その中でも女性が多かったのは

言葉に対する感度があるからでしょうか。


ここで「自分の言葉」と「音」を放ったジャズを聴いてみたいと思います。

アビー・リンカーン(vo)のアルバム「ザッツ・ヒム!」。

冒頭を飾る「ストロング・マン」がとにかく見事です。

リンカーンの余裕ある歌いっぷりと、一流ミュージシャンによる抑制のきいた歌伴。

歌詞は一見、自分が愛する男を褒めたたえる平凡なものに思えますが、

秘められたメッセージがあります。


1957年10月28日、ニューヨークでの録音。


Abbey Lincoln(vo)

Sonny Rollins(ts)

Kenny Dorham(tp)

Wynton Kelly(p)

Paul Chambers(b)

Max Roach(ds)


①Strong Man

I'm in love with a strong man・・・という、文字にすると甘ったるくて恥ずかしいフレーズを

リンカーンはゆったり・伸び伸びと歌います。

その堂々とした様子は「姉御!」と呼びたくなるぐらい気っ風のいいものです。

歌詞が進むと「あの男はよく働き、筋肉は黒く輝き、髪の毛は縮れて・・・」

といった描写が続きます。

つまり、黒人の強さを誇る内容なのだということが分かるのです。

アビー・リンカーンはこのアルバムを制作する前年、

リンカーン大統領にちなんだ芸名を名乗るようになっていました。

人種問題に敏感だった彼女は歌詞に特別な思い入れがあったのでしょう。

しかし、妙に肩に力が入らずに歌を華やかで魅力的なものにしたところに

彼女の自信が垣間見えます。

そして、リンカーンと共に素晴らしいのがロリンズ!

間奏でのソロはリラックスしていながらズドンと迫ってくる力強さがあります。

反復的な要素がありながら、音数を絞り、ぐんぐん引き付ける。

これだけ確信に満ちた「言葉」と「音」が放たれたセッションは幸福な気分に

包まれていただろうと想像します。


アビー・リンカーンはこのアルバムでドラマーを務めているマックス・ローチと後に結婚、

1960年代には公民権運動の活動に参加しています。

自分たちが直面していた問題に真摯に向き合った歌手でした。


今回の安保法制問題で良かったことと言えば、「自分の言葉を持つ市民」を生んだことでしょう。
今後、「主語」を持つ切実な言葉の数々が

「安保法制後」の社会を民主的なものに引き戻す役割を担ってくれると私は信じたいです。