けさ、朝日新聞を読んでいたらウクライナ情勢について興味深い論評がありました。
この混乱は「二つの異なる世界観の衝突」だというのです。
国際政治学者の藤原帰一さんが寄せていた文書を簡略化してご紹介させてください。
藤原さんによると、今回、「自由世界の論理と国民国家の論理のぶつかりあい」が
あるというのです。どういうことか。
そもそもウクライナには親ロシアの政権がありました。
この政権が今年に入って欧米寄りの野党勢力によって倒されてしまいました。
するとロシアが反発、クリミアを併合したという経緯があります。
そして、これに派生する軍事的な緊張がいまも続いています。
藤原さんによるとウクライナ危機は欧米とロシアで
まったく異なる受け止めをされているそうです。
欧米側は親ロシア政権の崩壊を
「民主主義を踏みにじる政府を市民が倒した」ものとしている。
これに対し、ロシア側は「全く違う物語」を持っている。
去年からロシアの国営放送は
「ウクライナ各地でテロリストがロシア系国民の安全を脅かしている」と
繰り返し伝えていたそうです。
冷戦の終結で「負け組」となったソ連が解体し、
ロシアの周囲にはロシア系住民が少数派となる国が多くできてしまいました。
かつての地位を失ったロシア系住民は、
欧米寄りの勢力によって「迫害される側」なので、助けなくてはいけないというのです。
話が難しくなってきましたが、欧米から見ると
親ロシア政権の崩壊は「自由世界の拡大」という「正義」につながります。
しかし、ロシアから見ると
「欧米寄りの勢力から迫害されているロシア系住民を助ける」という、
ナショナリズムに支えられた「正義」があるということになります。
この二つがぶつかり合っているというのです。
正直、欧米寄りの見方に慣れていた私には「目からウロコ」的な指摘でした。
ロシアには「欧米から圧迫されている」というイメージがあり、
それにひるむことなく国内・国外のロシア人を守ろうという発想があるとは
思っていなかったからです。
私も藤原さんと同様、ロシアの軍事行動は出口のない愚かな行動だったと考えます。
しかし、同じ事象が立場の違いによって全く異なって見えることがある、という点は
グローバルな時代の中で注意しなくてはいけないでしょう。
ずいぶん長々と書いてしまいました。
今回は「異なる見解」を持たれ続けているジャズ・ミュージシャンの作品を聴いてみましょう。
ローランド・カークの「ヴォランティアード・スレイヴリー」です。
ローランド・カークについては、以前このブログで取り上げました。
http://ameblo.jp/slowboat/entry-10280523282.html
彼についてのプロフィールはこの記事にまとめられているので省略します。
ここで言っておきたいのは、彼についての評価が非常に分かれているということです。
複数の楽器を口にくわえて吹く、といった外見から
「まっとうな」モダンジャズファンからは早くから遠ざけられていたようです。
しかも、60年代後半からはゴスペルのコーラス隊を加えたり、
ソウル・ミュージック的な要素も増してきたりで、
ますますメインストリームから外れた存在として位置付けられてきました。
しかし、音楽に素直に耳を傾けると、「魂の叫び」に
非常に素直に従っていることがわかります。
形式にとらわれず、エモーションを大切にしたジャズの原点を
この人は追い続けたのでしょう。
そう考えると、彼こそジャズの「王道」を進んでいたという見方もできます。
いま、ネットで検索すると「カーク応援団」とも言うべき多くの人が
彼の再評価を求めていますが、それも分かる気がします。
「ヴォランティアード・スレイヴリー」は彼の「ごった煮」性が
あふれた作品として知られています。
曲もカークのオリジナルからスティービー・ワンダー、
バート・バカラック、コルトレーンまでさまざま。
好き嫌いは分かれると思いますが、聴いてみましょう。
1969年7月22~23日、NYでのスタジオ録音と
1968年7月7日のニューポート・ジャズ・フェスティバルでのライブ録音。
Roland Kirk(ts,fl,nose-fl,manzello,strich,gong,whistle & vo)
Charles Mcghee(tp)
Dick Griffin(tb)
Ron Burton(p)
Vernon Martin(b)
Sonny Brown(ds)
Jimmy Hopps(ds)
Charles Crosby(ds)
①Volunteered Slavery
カークのオリジナル。
1960年代の音楽というのは、鈴が鳴りだすとそれだけで
何とも妖しい雰囲気を醸し出すのですが、
この曲の冒頭も鈴と野太いテナーで始まります。
そこに絡み合ってくるのは民族音楽にも聞こえる雑然としたコーラス。
文章では表現できませんが、胡散臭さ全開です。
しかし、この整理のなさがとてつもないエネルギーを生み出します。
この後、ブラス隊がビートルズの「ヘイ・ジュード」のメロディを
繰り返し引用しながら吠えまくるのですが、
その力強いこと!
ジャズというよりはブラック・ミュージックとしか言いようのない世界ですが、
「ソウル」が感じられること間違いなしの演奏です。
③My Cherie Amour
ご存じ、スティービー・ワンダーの大ヒット曲です。
ホイッスルで入るという驚きの「入り」も楽しいのですが、
ここではカークのフルートの「温かさ」を聴いてください。
全く奇をてらうことなく、ストレートにメロディを吹くカークの音に
どれだけ愛情が満ちていることか!
「とにかくこの曲が好きでたまらない!」と言わんばかりの演奏、
聴く者に元気を与えてくれます。
⑤I Say A Little Prayer
こちらもイントロが印象的。入りのテナーの咆哮に加え、
なぞの「語り」からは、フリージャズが始まるとしか思えません。
それが一転、ブラス隊とともにバカラックの「あのメロディ」が
始まるではありませんか!
ビートの激しさに、一つ間違えばB級チンドン屋になりかねない進行ですが、
ピアノ・ソロとトロンボーンが交錯するあたりから
ただならぬ「ジャズ感」が広がってきます。
あまりのパワーの発散に、ここまでくると「ライブ盤か?」と勘違いしてしまうほど。
終盤、コルトレーンの「至上の愛」まで引用したカークのソロが圧巻です。
⑨A Tribute To Coltrane
今回ご紹介するなかでは唯一のライブバージョン。
タイトル通り、コルトレーンなじみのナンバーをメドレーで演奏しています。
「ラッシュ・ライフ」は入魂のバラッド。これを聴いてカークの
「ストレートさ」にびっくりする方もいるでしょう。
ここまで抑制された表現ができるとは・・・・
しかし、続く「アフロ・ブルー」で静けさから一転、
コルトレーンの「ライブ・アット・バードランド」と同様の激しいソロが爆発します。
モード奏法の中でここまでエネルギーを注入できるのは
カークとコルトレーン以外にいないのではないでしょうか。
その後、コルトレーンのオリジナル「ベッシーズ・ブルース」では
一転して4ビートで攻めます。
このあたりの冷静な展開を聴いていると、彼が計算し尽くされた演奏を
難なくできてしまう実力の持ち主だということが分かります。
スタジオ録音での「ゆるさ」もねらいどおりで、
全ては自分のパワーを最大限生かすためにやっているのではないか・・・
カークの実力と幅広さ、おそるべしです。
おそらく、カークは「わが道を行く」と決めて、
最後まで自分のスタイルを貫いていったのでしょう。
外部から「異なる見解」を持たれようと、関係なかったのかもしれません。
しかし、ウクライナのように大国の介入を受ければ
「わが道を行く」とは言っていられません。
しかも、二つの異なる世界観は容易に相容れることができない。
あとは戦争という最悪の結果を避けるために
どこかで妥協するという現実的な選択肢しかないのでしょうが・・・
「欧米の正義」だけが通用しない難しい時代に私たちはいるようです。
