また8月6日が近づいてきました。
広島の「原爆の日」です。
今年、広島市で開かれる平和記念式には、
ルース駐日アメリカ大使が出席するそうです。
駐日アメリカ大使が出席するのは初めて。
これには、核軍縮政策を進めるオバマ大統領の
影響があるとされています。
その一方、原爆投下について
アメリカは謝罪しない、という報道も出ています。
歴史的な動きではありますが、
今回も広島が「和解」の場になることはないでしょう。
正直、これまで私は「原爆の日」に
深い思い入れを持ってきたわけではありません。
せいぜい、教科書やマスコミで
伝えられていることぐらいしか知りませんでしたし、
積極的に知ろうともしませんでした。
しかし、今年は少し違います。
この夏、ある物語を読んでしまったからです。
井上ひさし著「父と暮らせば」(新潮文庫)。
これは、戦後文学史に残る傑作だと思います。
井上さんは小説・戯曲・随筆で幅広く活躍した人。
今年の4月に75歳で惜しくも亡くなりましたが、
平明な文章で核心を突く、鋭い表現者でした。
その彼が、被爆者を描いたのが「父と暮らせば」です。
「被爆者を描いた」というと、
悲惨さが覆う物語を想像しがちですが、
この作品は実に軽妙です。
舞台は戦後の広島市。
昭和23年7月、粗末な簡易住宅で物語は始まります。
一人暮らしをしている23歳の娘・美津江は
原爆で身近な人を失い、心に傷を負っています。
生き残ってしまった負い目から、幸せを求めることができず、
恋愛からも身を引こうとする。
そんな娘を見守るのが父の竹造。
実は竹造は既に亡くなっているのですが、
亡霊とも娘の幻影ともとれる微妙な存在として登場します。
「恋の応援団長」として娘を励ます竹造。
そのドタバタぶりが何ともおかしく、物語を引っ張っていきます。
おそらく1時間もあれば読み終えてしまうことができる
短い物語(戯曲)。
ここには、原爆に翻弄された人々の生活が、
ユーモアを交えつつ、実にリアルに描かれています。
亡くなった人はどんな辛さを味わったのか、
生き残った人たちの苦悶は何だったのか・・・・
井上ひさしは、市井の人々の「リアルさ」に徹底的にこだわることで、
日本人にしか発することができないメッセージに
たどり着いたのだと思います。
そんな姿勢が、この作品が再演される時(1995年)に
書かれた「前口上」から窺えます。
一部を引用してみましょう。
今年のフランスと中国の核実験で
いつさうはっきりしたことがあります。
核の傘の下にある(といふことは間接的には
核の所有者でもある)日本人が、
核実験反対、核兵器廃絶を唱へる資格を
万全に備へてゐるのかどうか。
(中略)
・・・つまり無邪気に、かつ暢気(のんき)に
「過ちを繰り返すな」と叫んでも、
どうにも埒の明かない次元にわたしたちは
ゐるらしい。
にもかかはらず、わたしたちは、これからも
核凍結から核廃絶に至るじつに困難な道を
倦まずに歩き続けなければならないのです。
この「厳しい認識」以外に、私たち日本人が
依って立つところはないのではないでしょうか。
「非核三原則の国」でありながら、
核に長年頼ってきたという事実。
一方で、人間の存在を否定するような爆弾を落とされた
国民がいるという事実。
その「やるせなさ」を風化させまいと、
必死で「国民が直面した現実」にこだわり、
物語を編んだ作家がいる。
彼の死がきっかけでしたが、
この物語を手に取ったことは、
私にとって大きな意味がありました。
「決して忘れてはいけない痛切な出来事」
があることを思い知ったからです。
「痛切な記憶」がもたらすインパクト・・・・
今回は「静かな衝撃」をもたらす
音楽を取り上げてみましょう。
ブラジル出身のギタリスト、
バーデン・パウエルの遺作「記憶(レンブランサス)」です。
バーデン・パウエルをジャズのブログで取り上げるのは
少々抵抗があります。
1937年生まれの彼は、ボサノヴァの発展に大きく貢献しました。
ジャズ・ミュージシャンとも交流がありましたが、
あくまでも母国のブラジル音楽にこだわって演奏を続け、
2000年の9月に63歳で亡くなっています。
そんな彼が最後に残したこの作品には、
ジャンルを超越した「凄み」があります。
彼が大切にしてきた「レンブランサス(記憶・回想)」が
死を目前して、切々と迫ってくるからでしょう。
「父と暮らせば」と同様、シンプルながら
説得力のある内容となっているのです。
ジャズ・ファンにも、いや全ての音楽ファンに
聴いていただきたいと、あえてブログに書くことにしました。
リズムで参加しているミュージシャンはいますが、
多くの曲がパウエルのソロで演奏されています。
2000年発表。
Baden Powell(g)
①Pastorinhas
1930年代に作曲されたラブ・ソング。
冒頭のバーデンのプレイは非常に簡潔で、
孤高の表現と言ってもいいと思います。
アコースティック・ギターが奏でる音色の一つ一つに、
死期を悟ったような透明感があるのです。
しかし、暗いかというと、そうではない。
2分40秒を過ぎた辺りで、パーカッションが加わり、
曲の雰囲気はぐっとくだけてきます。
ここで聴かれる音の深さと、込められた愛情の深さに、
音楽の持つ力を感じます。
ブラジル音楽の持つ、流れるような空気感と、
ストイックな表現が結びついた名演です。
③Molambo
男女の別れと復縁を描いた曲。
このアルバムはインストゥルメンタルなのですが、
なぜか曲の歌詞カードがついていて、
原曲の内容を知ることができます。
おそらく、パウエルが曲への思い入れを持っていたのでしょう。
俗っぽい内容の歌詞にもかかわらず、
ギターの響きは静謐そのもの。
無駄な音がなく、無音の「間」までもが、
曲の一部となっています。
このシンプルさに脱帽です。
⑪O Astronauta(宇宙飛行士)
エリス・レジーナの歌で知られる一曲。
アルバムの中では数少ない、躍動感のある演奏です。
最初こそ、落ち着いた佇まいのソロ・ギターですが、
やがてパーカッションの生き生きとしたリズムに乗って、
パウエルが跳ねるようなプレイを聴かせます。
テクニックも素晴らしいのですが、根っこには
音楽を演奏する楽しさがあることがよく分かります。
最後、過剰な表現にならず、小粋にまとめたところにも、
パウエルの音楽に対する深い眼差しが感じられます。
私も含め、多くの日本人が「戦争を知らない世代」に属しています。
しかし、時には噛みしめなければならない「記憶」がある。
もしも少しお時間があれば、この夏に「父と暮らせば」を
読んでみてください。
「痛切な記憶」を受け継いでいくのに、
決して難しい理屈が必要ではないことが分かるでしょう。
