「音が素敵だから」聴くジャズがあります。
たとえソロで驚くようなフレーズが出てこなくても、
メロディーやアレンジで意外な仕掛けがなくても、
奏者が発する「音」だけを聴きたくて取り出す作品があるのです。
宮沢昭(ts)の「山女魚」。
私にとっては、「音」を楽しむための作品です。
録音が行われた1962年といえば、この作品に参加している
渡辺貞夫がバークリー音楽院に留学する前(!)。
まだまだ「本場のジャズ」への憧れが強く、
貪欲にその奏法や表現法を取り入れていた時代でしょう。
実際、この中での宮沢のプレイには、
早くもモード奏法の影響が聴き取れたり、
ウェイン・ショーター(ts)と似たフレーズが顔を出したりしています。
当時としては先端を行くプレイだったでしょうが、
今となっては驚くようなものではありません。
しかし、それでもこの作品が古臭く感じられないのは、
宮沢が発する音が実に「活きがよく」、「瑞々しい」からです。
宮沢は1927年生まれで、録音当時は34歳。
戦後に本格的な活動を始め、秋吉敏子(p)らのグループに参加してから、
この作品でリーダーとしてのデビューを果たしました。
勢いに乗っていたのでしょう。
日本人らしく、その音はテナーであっても
「豪放」というよりは「繊細な」ものです。
得意とする音域は中高音。
低音でどっしり迫ってくるというよりは、
もっと軽やかに、流れるようなフレーズで勝負します。
リスナーによっては好みが分かれるかもしれません。
私も、当初は「テナーらしくないかな?」と思いました。
ですが、最近は立派な個性として捉えるようになりました。
日本人の「繊細なジャズ」があってもいいじゃないですか。
ジャケットにあるような、渓流に流れる水の如く。
①~④(LPでのA面)はカルテット、
⑤~⑦(同じくB面)は10人の大編成です。
メンバーは以下の通り。
①~④
宮沢昭(ts)
佐藤允彦(p)
原田政長(b)
原田寛治(ds)
⑤~⑦
宮沢昭(ts)
渡辺貞夫(as,fl)
原田忠幸(bs,cl)
仲野彰(tp)
東本安博(tb)
松本光彦(tb)
青木武(btb)
佐藤允彦(p)
原田政長(b)
猪俣猛(ds)
①山女魚
大の釣り好きだという宮沢のオリジナル曲。
美しい川を泳ぐ山女魚を思い描いたという曲は、
意外にモダンなメロディーを持っています。
最初のソロは宮沢。
スピーディーで流麗な演奏を展開します。
私はやはり、彼の発する「音」を聴きます。
男性的なトーンを交えてはいますが、
彼のソロを魅力的にしているのは「音の流れ」です。
一つ一つの気の利いたフレーズより、
スムーズに、とげのない音をつないでいくセンスを
聴くべきだと思います。
当時まだ新人だった佐藤允彦(p)の冷静で、
後半に音を重ねていく見事な構成のソロも聴きものです。
②Memories Through Thick Glasses
1955年に自殺してしまった天才ピアニスト
守安祥太郎に捧げられたバラッド。
これも宮沢自身が作曲しています。
ここではスローテンポでの宮沢の「音」を堪能できます。
①よりもややずっしりと落ち着いた表情で、
それでも澄んだトーンは失わない音です。
かつての先輩に捧げる曲ですが、演奏自体は
湿っぽくならずに伸びやかに進んでいきます。
その「音づかい」を楽しむトラックです。
他にも良い曲・良い演奏ぞろいですし、
⑦Like Sonny
での宮沢昭、渡辺貞夫の対比なども時代背景を考えると
面白いのですが、
宮沢昭の「音」を説明する上では、上記2曲で十分でしょう。
宮沢昭も2000年に亡くなってしまいましたが、
彼らが切り開いた「日本人ジャズ」の世界も豊かなものだと
私は思います。
他を圧するようなものではなく、「流れと調和」のあるジャズ、
それが「日本人ジャズ」の一つの可能性ではないかと
この作品を通じて感じました。