山女魚/宮沢昭 | スロウ・ボートのジャズ日誌

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ジャズを聴き始めて早30年以上。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。

山女魚



「音が素敵だから」聴くジャズがあります。

たとえソロで驚くようなフレーズが出てこなくても、

メロディーやアレンジで意外な仕掛けがなくても、

奏者が発する「音」だけを聴きたくて取り出す作品があるのです。


宮沢昭(ts)の「山女魚」。

私にとっては、「音」を楽しむための作品です。

録音が行われた1962年といえば、この作品に参加している

渡辺貞夫がバークリー音楽院に留学する前(!)。

まだまだ「本場のジャズ」への憧れが強く、

貪欲にその奏法や表現法を取り入れていた時代でしょう。

実際、この中での宮沢のプレイには、

早くもモード奏法の影響が聴き取れたり、

ウェイン・ショーター(ts)と似たフレーズが顔を出したりしています。

当時としては先端を行くプレイだったでしょうが、

今となっては驚くようなものではありません。


しかし、それでもこの作品が古臭く感じられないのは、

宮沢が発する音が実に「活きがよく」、「瑞々しい」からです。

宮沢は1927年生まれで、録音当時は34歳。

戦後に本格的な活動を始め、秋吉敏子(p)らのグループに参加してから、

この作品でリーダーとしてのデビューを果たしました。

勢いに乗っていたのでしょう。


日本人らしく、その音はテナーであっても

「豪放」というよりは「繊細な」ものです。

得意とする音域は中高音。

低音でどっしり迫ってくるというよりは、

もっと軽やかに、流れるようなフレーズで勝負します。

リスナーによっては好みが分かれるかもしれません。

私も、当初は「テナーらしくないかな?」と思いました。

ですが、最近は立派な個性として捉えるようになりました。

日本人の「繊細なジャズ」があってもいいじゃないですか。

ジャケットにあるような、渓流に流れる水の如く。


①~④(LPでのA面)はカルテット、

⑤~⑦(同じくB面)は10人の大編成です。


メンバーは以下の通り。

①~④

宮沢昭(ts)

佐藤允彦(p)

原田政長(b)

原田寛治(ds)


⑤~⑦

宮沢昭(ts)

渡辺貞夫(as,fl)

原田忠幸(bs,cl)

仲野彰(tp)

東本安博(tb)

松本光彦(tb)

青木武(btb)

佐藤允彦(p)

原田政長(b)

猪俣猛(ds)


①山女魚

大の釣り好きだという宮沢のオリジナル曲。

美しい川を泳ぐ山女魚を思い描いたという曲は、

意外にモダンなメロディーを持っています。

最初のソロは宮沢。

スピーディーで流麗な演奏を展開します。

私はやはり、彼の発する「音」を聴きます。

男性的なトーンを交えてはいますが、

彼のソロを魅力的にしているのは「音の流れ」です。

一つ一つの気の利いたフレーズより、

スムーズに、とげのない音をつないでいくセンスを

聴くべきだと思います。

当時まだ新人だった佐藤允彦(p)の冷静で、

後半に音を重ねていく見事な構成のソロも聴きものです。


②Memories Through Thick Glasses

1955年に自殺してしまった天才ピアニスト

守安祥太郎に捧げられたバラッド。

これも宮沢自身が作曲しています。

ここではスローテンポでの宮沢の「音」を堪能できます。

①よりもややずっしりと落ち着いた表情で、

それでも澄んだトーンは失わない音です。

かつての先輩に捧げる曲ですが、演奏自体は

湿っぽくならずに伸びやかに進んでいきます。

その「音づかい」を楽しむトラックです。


他にも良い曲・良い演奏ぞろいですし、

⑦Like Sonny

での宮沢昭、渡辺貞夫の対比なども時代背景を考えると

面白いのですが、

宮沢昭の「音」を説明する上では、上記2曲で十分でしょう。


宮沢昭も2000年に亡くなってしまいましたが、

彼らが切り開いた「日本人ジャズ」の世界も豊かなものだと

私は思います。

他を圧するようなものではなく、「流れと調和」のあるジャズ、

それが「日本人ジャズ」の一つの可能性ではないかと

この作品を通じて感じました。