岡山県北で学ぶ県南生まれの学生のブログ -18ページ目
今日は実家のある県南から
学校のある県北まで原付で帰ってきました
まだ乗り始めたばかりなので
時速30キロを守りながら
ゆっくりゆっくり走ってきました
根がのんびり屋なので苦痛ではないのですよ
ゆっくりなことは
それに
県南から県北へ続く道は
自然がいっぱいなのですよ
のらりくらりと
本当にゆったり進む時間を感じながら
本当にゆっくり進んできました
そうやって
自分だけの時間の中で
自分自身に問いかける
焦る意味はあるの?
結局答えは見つかりません
でも
少しだけ
自分を見つめなおすことは出来ました
それだけでも
きっと
前には進んだのかな
きっと
昨日の自分よりは前に行ったのかな
そうやって少しづつでも
前に進むこと
そうしたらいつか
昔の自分が遠くに見えるようになる
そう信じて
また明日も少しだけ前に進みたいです
では
結局
自分は進化できておりません
たぶん
いままでと同じ
でも
変わらなきゃ
いまのままじゃダメなのだよ
いまのままじゃいけないのだよ
変わることは難しい
そう
数学をするより難しい
答えが存在しない
国語なら答えはいくらか存在するけど
人生に答えは存在しない
生まれて死んでゆけばそれがすべて
それ以上は飾りつけでしかない
この
ちっぽけな自分の
この
ちっぽけな悩みは
それほどたいしたことではない
いじめにもいえる
そのいじめ自体はそれほど大きな問題ではない
問題なのはそこしか見えなくなっていること
そこしか見えなくなるから自殺するのだということ
遠くを見て
もっと遠くを見て
生きれば見つかる生きがいがあるだろうに
そういうときは老眼になるべきだろう
そして今の自分は近くをしっかり見つめるべきだろう
頭ではわかっていても
実行できない自分自身
もちろん
少しは動き始めた
でものろいスタートだ
昨日思った明日の自分は
きっともっといいスタートだった
でも
現実はこんなもんかね
遠く
遠く
遠い未来と繋ぐための
近く
近く
近い現在の迷走
まだ十代
悩める年
でも
残された時間は少ない
もう少しだけ
そう
もう少しだけ
自分を変えられる力がほしい
では
今日は老眼と近視ということで
あっ目の話ではないです
視線の話というかたとえです
最近の自分はたぶん老眼
そして今日からの自分は近視
意味不明ですよね
これは視線の話
そう
最近の自分は何年後かのことばかり
ひたすら悩んで考えてた
でも
今日ようやく近視に戻れたかな
目の前の問題をとりあえず解決しなきゃ
と
思えるようになったかな
それは意識的なものじゃなくて
無意識に生まれる危機感みたいなもので
目の前の問題に勝手に危機を感じ始めたみたいです
というわけで
とりあえず
いまは目先を考えてみようと
近眼になってみようと
老眼もいいけどそれはいまは必要じゃないかなと
老眼になるためにも
いまは近眼にならないといけない気がする
老眼のときに見た自分の未来の姿が
目の前の問題をないがしろにすると
確実にかすんでいく気がする
老眼で見た自分の姿をかすませないためにも
設計図とおりに自分を作り上げるためにも
いまは近眼になろうと思います
たぶん必要なことだと思います
こういう風に先を考えないのも
そういうことを今日思いました
ひたすらに遊んでみて
ようやくいま何を自分がしなくちゃいけないのかが
はっきりしました
さてと、これから頑張りますかね
早く目の前の問題を片付けることにします
では

