その日は母が入居しているホームから体調崩していると連絡が入り系列のに入院させるので来て下さいと言う事でへ行って帰ってきた一息ついた時だった
弟が入院していたからのが入りました。3時までに帰って来ると言って出かけたのに戻って来ないんで、お姉さんの所に寄り道してませんか
4時半位でしたかね。何故そんなが掛かって来るかと言うと、ウツ病で入院していたので万一発作的に自殺と言うこともあり得るからでしょう。
5時少し前に仕事をしてしていなかった夫に実家に連れて行って貰いました、鍵を開けて家にはいると洗濯機が回っていて、一応胸を撫で下ろした。2階にいるはずの弟に声をかけたのですが、返事がありません 膝の悪い私を残し、夫が二階に駆け上がってすこしのまをおいて、弟の名を連呼して救急車を呼べと言う。
身体がポカポカと熱いくらいなのに一応呼吸をしていないらしい、心肺停止というやつらしい 救急車ははすでに亡くなっている人は連れて行ってはくれないという、という事は蘇生の可能性はあったというのでしょうね
札幌で最高の救急外来に運び込んでくれたけど1時間余り蘇生治療の末、治療室に呼ばれた。そこからはドラマのようでした。弟の目を開きペンライトを当て瞳孔に反応がない事。心拍計は0を指し、最後に弟のを握った。眠ってるかのように暖かかった。
それはそれとしてタイムテーブルに載せて見てみると、弟は3時までにに戻ると言っていた。タクシーで帰るつもりでいたのだと、洗濯物をどうしてから帰るつもりだったのか それにもよるがでも3時まで、帰り着くには2時半に出ないと無理 当然その頃には発作起こした事になる きっと先生に言われた80kgまで減らさないと来年は保証しない言われた事を思い出したに違いないどんな思いがしただろう❓今思い出しても胸が痛い でも丁度その頃私達は母に付き添ってに…、どうしたって間に合いっこない ただひとつだけ救いがあるなら、に入院していたタイミングで発作を起こした事、にはいっていなかったら一人暮らし、暑さが増していく中最悪腐乱死体と化していたかも知れない
最も欲を言ったらキリがない、一番良いのはで発作を起こしてくれれば、専門外でもはもしかしたら助かったかも知れない。ただただ残念としか言いようがない
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