おはようございます。
ようやくブログに書くことに。
実は先週の火曜日。母方の祖母の病気が見つかった。
多分、長くないだろうと、母親から連絡ありました。
万が一のことを考えて、喪服など確認しておきなさいということも。
でも、1週間1か月とか先のことだと思ってました。
金曜日の夕方。
母親からの連絡。
もう意識がないこと。叔母や伯父が付き添いに言ってる事。
明日を迎えられるかということ。
とりあえず、また連絡すると、電話をきりました。
想像してるよりも早かった。
小さい頃の思い出がよみがえる。
着物を着付けしてくれたおばあちゃん。
煮物が上手だったおばあちゃん。
短大に入ったとき、2年間一緒に生活してた。
結婚式もバリ島まで来てくれた。
初ひ孫のアシラが生まれた時にも、実家に来てくれ、
嬉しそうにしてた。
それから幼稚園入園まではアシラを連れて、
ちょいちょい祖母に会いに行った。
東京でオリンピック開催が決まってからは、
「東京オリンピックを見る」と、楽しみにしてた。
オリンピックを見ると嬉しそうに話す祖母の顔が浮かんで
涙が出てしまう。
そんな状況の時に、メラル関係の電話。
マジで、心ずったずたのぼろっぼろになった。
火曜日の朝。
実家から連絡。
祖母が旅立ちました。
103歳でした。
火曜日はメラルを早退させて、お通夜へ。
特老に入ってからは、全然訪ねなかった。
ちょっと痴呆もあり、母親を思い出せないこともあったから。
久々に会った祖母はきれいな顔をしてました。
やっぱり涙が出てしまう。
あ、子どもたちに手紙書いてもらえばよかった。
メラルの件でまったく思い出せなかった。
帰ってからアシラとメラルに手紙を書いてもらい、
私はせっせと鶴を折る。
水曜日。
告別式。
8時集合・・・・・・・・・
ちょっと遠いので、孫たちは8時半で良いよと言われた。
ということで、7時には家を出た。
告別式も終わり最後のお別れ。
お花。折ったツル。そして「ありがとう」と、おばあちゃんに
お礼をいう。
私もみんな泣いてる。
アシラも泣いてる。悲しい時に泣けるやさしい子に育ってくれた。
メラルは・・・・・・・・・・この子はまだだな。
祖母の遺言で、家族葬。
しかも、親戚とか近隣にも声かけず、
祖母の子ども(私のおじ叔母)。その配偶者。
そして、孫。その配偶者。
ひ孫。
なので、温かい式だった。
火葬場に行き、繰り上げの初七日の法要。
おばあちゃん囲んでみんなで食べるご飯。
こうだったね。と思い出話。
そして、帰り。
私たち家族は葬儀場からそのまま帰る予定だった。
が、献杯があり、食事中お酒を飲む伯父たち。
いざ駐車場から車を出そうとしたら、
く、車があまってる![]()
車を運転してきた運転手がお酒飲んで運転できない・・・・・・・・
急遽伯父の車を私が運転することに。
普段から免許はスマホケースに入れてたので、運転はできる。
運転はできるけれど、知らない道を初めての車で運転する
自信はない・・・・・・・・・・・しかも、都会だし。
でも、私しかいない。
旦那が「俺が」といったが、旦那の車を運転する自信もない。
旦那の車を運転するくらいなら、伯父の軽自動車を運転する・・・・・・
従兄弟の車の後ろについたものの、万が一離れた時ように
ナビをするアシラを隣に乗せて、緊張しながら叔母の家に到着。
ここからまたドタバタ劇。
叔母が準備していた場所に
遺影おく。
その前に骨壺。
骨壺置いたら、遺影が見えない・・・・・・・・・・・・
叔母はいいというけれど、やっぱり遺影見えたほうがいいよね。
すると、従兄弟が「ダンボールでいいか!!」と
ペットボトルの入った段ボールを持ってくる。
遺影が見えるようになったけれど、ダンボールがね・・・・・・・・・
すると、従兄弟がまた「これ書ければ」と手ぬぐい持ってきた・・・・・・
豆絞りにするやつ![]()
確かに、祖母は昔ながらの人なので、よく手ぬぐい頭にかぶってた。
うん、おばあちゃんらしくていいか。
みんなが笑いに包まれた。
こんなにぎやかな雰囲気が祖母は大好きだった。
無事(?)おばあちゃんが返ってきたのを見届けて
家に帰ってきました。
おばあちゃん、今までありがとう。