この映画は、第一次大戦時に実在したキングス・ロイヤル・ライフル連隊第一大隊のアルフレッド・H ・メンデス上等兵によって語られた実話を基にしている。
その兵士を演じる2人のイギリス俳優は、Dean-Charles Chapman(ブレイク)とGeorge Mackay(スコフィールド)である。
監督は、Sam Mendes(サム・メンデス)
代表作は「アメリカン・ビューティー」「ロード・トゥ・パーディション」「007 スカイウォール」
受賞歴は、アカデミー賞(監督賞、脚本賞、作品賞)、英国アカデミー賞(監督賞)、トニー賞、ゴールデングローブ賞(監督賞)を受賞している。
「1917 命をかけた伝令」
ーThe Jumbliesー
2020年に製作された戦争映画である。
1917年4月6日、一触即発の最前線にいる味方1600人の命を救う為に、2人の若きイギリス兵に重要な任務が命じられる。
それは「作戦中止」の命令を届けること。この命令が明朝までに届かなければ1600人の命は失われてしまう。
独軍(ドイツ軍)は、退却したかの様に見えたが、それは"戦力的退却"であった。その後方に新たな戦線を構築しているのである。
イギリス軍は、航空偵察によりその陣容を知る事になるが、最前線にいるマッケンジー大佐からは、退却する独軍に追い討ちをかける為、夜明けと共に1600人の味方を突き動かすとの連絡が入る。その後、独軍に電話線を切断されて通信はできない。
その1600人の中には、ブレイクの兄ジョセフ・ブレイク中尉も含まれている。
2人は、独軍占領地帯との隙間を、人と馬の死体が横たわり、その腐臭が漂う中で這うように進む。また、2日目前には4名が射殺されて、遺体として戻ってきたのは2名と報告を受けていた。
(馬の死骸が2頭)
(小蝿が大量発生している)
塹壕の中にあった看板「昼間はかがめ」「敵狙撃兵が狙っている」が思い出される。
死に対する恐怖と緊張で、視界が狭くなる。(有刺鉄線が刺さる→つまずく→転けて死体の中に手を入れる)
敵の前線を前に銃を構える2人。その張り詰めた緊張感は足音にも滲み出し、観る者を彼らの視点へと深く引き込んでいく。そして、その先にある1600人の命と2人の命が交錯する場面である。
(塹壕の中に銃を向けて敵を探すが……)
敵の塹壕を進むとある掩壕(シェルター)の中を、一本のライトで進む2人。
司令部の言う「戦略的退却」とブレイクの「退却」という言葉から生まれる違和感、また掩壕の中で芽生えた安堵や緊張の緩みが、やがて起きる大惨事を予感させる伏線となっていた。
その後、命かながらシェルターを抜け出した2人は、一時は司令部の作戦とは矛盾する方向へ進もうとするかに見えた。しかし、ここで彼らの意思は「分断」ではなく「団結」を選ぶ。
そして私は、この物語がひとつのかたちとして結実したのを感じた。それは、2人の若者の心が、確かにひとつに向かった、そう思える瞬間でもあった。
第二大隊1600人を救うという共通の目的が、彼らの歩みを結びつけ、たしかな道筋を描き出したのである。それは、互いを認め合い、その先にある「何か」を信じる力が、より強い絆となった瞬間でもある。
なお、彼らの間に交わされた会話は、冒頭からそこに至るまでの30分間、わずかしかない。それでも、彼らの心は確かに通い合っていた。
その後、相棒のスコフィールドに母への伝言と手紙、そして命の伝令を託し、ブレイクは土に還る。
戦友を亡くしたスコフィールドに声をかけるスミス大尉の言葉「悲しみを引きずるな」は、彼の背中を後押しした。
先を急ぐスコフィールドは、泥濘みにハマったトラックを、1人の力で押し出そうとする。その孤独で無力ながら力強い意思を感じさせる姿勢が、周囲の派遣部隊の心を動かし連帯を生み出す。
それは、司令部の命令と戦友の死を背負った彼の使命感、そして胸の奥にある静かな怒りに、誰もが共鳴し心を重ねたのだ。
無人地帯をトラックで抜けた後、彼と屋内に潜む狙撃兵との銃撃戦は、その戦闘の困難さを納得させる展開だった。1対1の命の奪い合いが、決して単純なものではないことを痛感させられる。
互いに撃たれて、暗闇で目を覚ましたスコフィールドは、上空からの射撃と光の中を走り抜ける。それは、まるで糸で吊られた傀儡が舞台へと導かれ、スポットライトを浴びているかのように映し出している。
その劇的な撮影技術と音楽が融合し、同時にひとりの儚さと孤独を投影しているように感じられた。
南東にある森へ向かう途中、1人の女性と孤児の赤ん坊(女の子)に出会う。その後、スコフィールドは、全ての食料とミルクを譲り渡す。そして、その彼女と赤ん坊の出会いが、彼の幼き頃に聞いた物語「※ジャンブリーズ」を思い出させる。
※Edward Lear 「The Jumblies」
その心優しいスコフィールドを止めようとする女性の優しさと人間的な弱さ。また、敵兵に対して彼が見せる冷酷さ、そして殺人という行為。この対照的な二面性に、彼の使命感が重なり、悲哀にも命をかけた伝令という美点が付け加えられる。
これは、人と人が殺し合うただの戦争映画というよりも、ひとりの人間を色彩豊かに描き出したドキュメンタリーのように映る。その背後には、サム・メンデス監督の人間に対する深い理解と鋭い洞察が感じられる。
その後、敵兵の銃撃から逃れるように激流へと飛び込む。そして、岩にぶつかりながらも命を繋いだ彼は、使命を全うするため、流れ着いた先に積み重なった死体の山を駆け上がる。
そこで、心身ともに疲れ果てた彼に、無気力な雰囲気が漂い始めていた……。
マッケンジー大佐の「この戦争が終わるのは_最後の1人になった時だ」という言葉には皮肉が込められているが、それは彼自身を現実に引き戻すきっかけにもなった。
その直後の「ケガを診てもらえ」という一言には、大佐なりの気遣いと不屈の精神が滲み出ている。それは同時に、終わりの見えない戦争が続くことを暗示しているのだろう。
最前線で、血と泥にまみれ殺し合う兵士たちを守るため、崇高な使命を背負い、恐怖と孤独に立ち向かいながら命を懸けて駆け抜けた伝令兵。
その姿には、日本人である私にとって、単なる「敬礼」では言い尽くせない、何かもっと別の深い敬意の表現が為されるべきである。
※映画館で鑑賞されていた外国人2名は、両手で頭を抱えた後、真剣な面持ちで敬礼をされていたのが記憶に残る
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