なんと、今月3度目の映画のお仕事です。
だいたいが月一ペースなので、もう3月分まで前倒しで観てしまった。と言えなくもないような、あるような。。。
今回の映画は「僕らのごはんは明日で待ってる」
もう、事前情報もなく、タイトルだけでは、何の映画かわかりませんでした。
コメディ系?グルメ系??。。アニメ???
結論から言えば、若い二人の恋愛系の映画でした。
苦手分野の映画でもあるので、半分魂が抜けてるような感じでぼーっと観てる、と言うスタンスだったんですけどね。
恋愛系の一つのジャンル、みたいな感じで、病と死が物語りに絡んでくる、てのがありますが、ま。その手の話ではあったのです。
で、全く関係のない事なぞ考えてました。
父の事です。
16歳で、若くして死ぬ事になる人生を選択して、まぁこの世に25歳までは居ないじゃろ。と言う人生を生きていた人で、幸いにも死ぬ事なく21歳で終戦。
帰国してみれば、故郷はすでに焼け野原、飯も仕事も金もなし。
若き日の父は、10代の子供がやるバカなイタズラや冗談をやってる中で、その延長線上に死があるのに、ああ、明日死ぬかもね。と思いながらも、別にただそれだけ、て感じ生きてたようで、日常に緊迫感がほとんど無い。
その辺の2面性が、よく判らないのですよ。今だに。
映画でもやってましたが、若死にって、大問題だと思うのに、自分に対しては至って淡白、白虎隊悲劇には涙するのに、自分の事はどうなんだ?なのです。
なんて事をつらつら思いながらの鑑賞。
そして、映画も佳境に入り、主人公は、ケンタッキーのカーネルおじさん人形を抱えて走るのですが、その時つらつら思いだしていたのが、昭和35年に作られた東映時代劇の「暴れん坊兄弟」
この映画は、のんびり、おっとりの兄、東千代之助と、生まれてこの方、落ち着いた事のない弟、中村賀津雄が主演する時代劇で、クライマックスでは、兄が、材木置き場の横を通って悪の巣窟に殴りこみに行く途中、そこの丸太を抱えて走るシーンが、なぜか突然に思い出され、ああ、そう言えば、「暴れん坊兄弟」でもこんなシーンがあったっけ。などと、つらつらと全く関係ない事を考えた、映画鑑賞になったのでした。
ちなみに「暴れん坊兄弟」ではその後兄が、丸太を振りまわし大暴れをするのですが、今回の映画では、カーネルおじさんを振り回して暴れるわけではないので、念のため。
父はシベリアに7年抑留されていました。
今、考えると、人間が壊れてしまっていたの
だろうなと思います。
父が生きているときは、そんなこと理解できず
父が嫌いだったことが申し訳ない。
父がお父様のような性格だったら、人間が壊れることも
なかったのだろうな。
今、考えると、人間が壊れてしまっていたの
だろうなと思います。
父が生きているときは、そんなこと理解できず
父が嫌いだったことが申し訳ない。
父がお父様のような性格だったら、人間が壊れることも
なかったのだろうな。
2017/1/31(火) 午前 5:38
返信する まぁ、お仕事とはいえ、ひと月に三回も映画ですか~?
興味のないものならまだしも、大好きな映画ですもんね?
私に例えるなら、仕事で接待釣り?みたいなもんなのかな?
とはいえ、、未だにそんな経験はありません。
興味のないものならまだしも、大好きな映画ですもんね?
私に例えるなら、仕事で接待釣り?みたいなもんなのかな?
とはいえ、、未だにそんな経験はありません。
なおなおさん、私の奥さんは晩年、日常的にかなり理不尽な言いがかりをつけ私を責め、礼を言わず、謝る事もなく、「自分は被害者だ!」と言わんばかりに、毎日のように文句を言いながら過ごし、「なんで私一人がこんな悪者になれねばならんのだ??」とそんな奥さんに私も辟易し、かなりまいっていたのですが、あれから6年近く経ち、漸く落ち着いてくると、やっぱり、迫り来る死の恐怖、子供の将来、無念の思い、等々で、なんぼか、壊れていたんだろうなぁ。。。と、今になって思います
[ すらいむらいだー ]