こんばんは^^


今日は早い更新ができそうw


今回のタイトル、意味深な感じでしょ?


そう、今回はちょっと真面目な話をしようかと思いまして^^;



では、本題に入ります。



世の中にアニメってものが出回り始めてもう白黒画面時代から幾星霜の時がたちますね。


その中には名作ともいわれる初代「鉄腕アトム」があったり、時を経て私たちに馴染みのある「ドラえもん」だったり「サザエさん」だったりがある訳ですが。


その影には当然「駄作」とか「黒歴史」とか呼ばれるものも存在したわけです。


現代においてもソレは見受けられるのですが、はたしてそれを当然のように毛嫌いしていっていいのものでしょうか?


確かに、作画が酷かったり、ストーリー構成がグダグダだったりでガッカリするかもしれません。


でもだからと言ってその作品に携わる監督やスタッフ、キャスト陣が「これは酷い作品なので楽しめないです」なんて言うでしょうか?


違いますよね?


作品に携わる以上、「最高の作品」にしたいのは当たり前です。


そして、その作品を見る我々視聴者がその熱意を簡単に否定することができていいのでしょうか?


これもまた、違うと思います。


視聴者は作品を視聴し、感想や意見を述べる権利はあっても、作品自体を全否定する権利はないと思います。


「作画があまり良くないので直した方がいい」と「作画が酷いからもうやめた方がいい」は全く違う言葉です。


これだってアニメだけに限った事ではありません。


料理を作って「おいしい」と言って欲しいのと同じように、不味ければ「おいしくないので作り直してみて」と「不味い、もう食べたくない」のように、同じく取れますよね?


だから、この現代のアニメ好き嫌いと言うのは評価が厳しくなったのではなく、良いと全否定での個人的な意見を通しているだけのように感じます。


もちろんAshにだって嫌いなアニメはあります。


でも最初から全否定するのではなく、「ここはこう直した方がいいのになぁ」とか「ストーリーはもっと深い方が良いのに」とか、それを良くするためのことを考えながら視聴しています。


あ、ジャンルによる好き嫌いもありますよね?


アクションが好きな人が恋愛系のものを見ても楽しめないのに「これは駄作だ!」というのも変な話です。


だから、これからの視聴者はもっと作品の奥深くを見ていくべきなのではないかと感じます。


自分のタイプに合わないものは見ない、これは節理ですね^^


それを踏まえて、


今回のタイトル


「我が子、他に分かる事も無。しかし、愛でる事は叶うだろう・・・。」


自分の子供のことは親がよくわかっていますが、他人は当然知りもしません。

しかし、他人であってもその子を可愛がり、もっと良く知ることはできるのではないでしょうか?


以上、タイトルの中身でした。




これもAsh的、個人的見解です。

もちろんこれが全てではないと思うし、他の考えも当然あるだろうと思います。


ただ、その中の一意見を聞いてみただけ、と思ってもらって結構なので。

もう一度、あなたが消し去った作品たちを見直してみてはどうでしょうか?


では、今回はこの辺で^^





今日の一言


「製作者と視聴者が同じく楽しめる時代を・・・」