今までのこと2 | B型慢性肝炎と戦うパパ日記

B型慢性肝炎と戦うパパ日記

H24年2月〜25年1月までペグインターフェロンを48週した時の日記と、その後の経過などを書いていこうと思います。
5才と2才のチビがいます。仕事と家庭と治療の両立は大変ですが頑張ります☆
情報交換などもしていきたいので、気軽にコメントも下さい(^-^)

そして二ヶ月がたち、血液検査をしにいき、翌週に検査結果を聞きにいった。
もう僕は肝炎は完全に治ったと言われるとしかおもっていなかった。
名前を呼ばれ診察室に入ると、先生は深刻な顔をして検査結果を見ていた。そして
医者『身体がだるいとかなかったですか?肝機能がわるくなってます』
僕『はいっ!?』

退院した当初はなかったのだが、確かにここ1、2週間ほど身体が少しダルい感じがしていた。肝炎が発覚する前のときの体調に似た感じ。
(肝炎が発覚する前も、身体のだるさや熱っぽい感じがかなりひんぱんにあった。だから正確に肝炎が発症したのはいつ頃なのかはわからない…)

ALT230
HBV-DNA8.2
HBe抗体陽性

医者『e抗体陽性なんですが、ウイルス量が多くなっています。これから先の治療は紹介状を書くので、肝臓専門医の先生に見てもらってください。この地域で1番詳しい先生を紹介しますので。』

最後まで対応できない病気なら最初から紹介状書けよ!てゆーかお前専門医じゃなかったんかい…
何がともあれ、つぎの週に肝臓専門医の先生を受診することになった。それが今の主治医です。

22年7月.肝臓専門医受診
次の先生は肝臓専門医でさらに指導医の先生で前の医者とは比べものにならない詳しい先生でした。

検査結果
ALT290
HBV DNA8.5
HBe抗体陽性
HBe抗原陰性

主治医いわく、まだ若いからインターフェロンを使いたいけどインターフェロンはe抗原陽性の患者にしか保険が効かない。あなたには肝庇護療法で経過観察をして、数値が下がらなかったらエンテカビルを飲むしかない。エンテカビルは一生飲まないといけないし子供も作れなくなるといわれた。
ただ、今はまだ肝臓もキレイだからもうしばらくは経過を見とけるといわれたので、その間にもう一人子供を作っておこう、ということで出来たのが下の子だ。

初診の日の数値が高かったのでつぎは二週間後の受診。

二回目の受診の結果
ALT500
HBV DNA9.1以上
これ以上上がったら入院と言われるが一週間後の受診で一気にALT180までさがる。ウルソ服用で経過観察続行

9月終わり頃にはAST30.ALT32とかなり落ち着き、11月には肝機能は正常範囲内、ウイルス量は4.8まで下がった。先生いわく、薬を使わずウイルス量が4以下まで下がったらそのまま安定する可能性が高いとのこと。かなり期待をもって1月.3月の受診にいくが

ALT20→33(1月→3月)
HBV DNA4.8→5.0→5.3(11月→1月→3月)
そううまくはいかなかった。先生いわく、これからあがってきそうということで、二ヶ月おきの受診を一ヶ月おきに切り替える。
案の定 4月受診で
ALT280
HBV DNA8.5
はぁ~ダメか

5月
ALT220
HBV DNA8.0
横ばい

6月
ALT90
HBV DNA7.2
このまま下がり傾向になるかも?

7月
ALT180
HBV DNA8.5
やっぱダメ……
ウイルス量が高めで安定しだしたので自然経過の沈静化の可能性は低い。この状態がこれ以上続くならエンテカビルを飲んでもいいといわれる…

8月
ALT140
HBV DNA8.2
ペガシスが秋くらいに保険適用になりそうだからもう少し経過をみましょう


9月
ALT120
HBV DNA8.0
ペガシス保険適用決定 今年一杯数値が横ばいなら来年から始めましょうとのこと。

10月→11月→12月→1月
ALT120→140→120→108
HBV DNA7.9→8.5→8.2→8.7
もう自然経過の沈静化は期待できないと見込み、12月に肝炎助成の申請をして2月6日よりペガシス投与開始


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