ちょっと前に出た本なのですが、山口真由さんという方の「天才とは努力を続けられる人のことであり、それには方法論がある」(扶桑社)という本を最近購入して読んでみました。私自身、前に「頭が良い、天才と思える人は何が違うんだろう?」と真剣に考えていた時期もあり、その答を学ぶべく手に取ってみました。

山口さんの経歴自体は錚々たるもので、筑波大付属高校→東大法卒(首席)→財務省→弁護士という経歴。この華々しい過去の経歴も、山口さんの説明では「得意分野を定めた上で、徹底的に努力を継続して行うこと」に突き詰められそうです。何しろ、東大自体はラクロス部のマネジャーをしつつも、国1・司法試験勉強を続けられて合格の上(直前期では約20時間/日の勉強、睡眠時間も3時間程度!)、東大授業でも成績は「優」ばかりという成果。この成果について、山口さんとしては「自分は天才ではないと自覚しているからこそ、徹底的に努力を続けて挙げられた成果である」とご説明されています。私は山口さんの様な経歴には程遠いながらも、「努力によってカバーできる、成し遂げることができる」という考え方に大きく共感しています。

確かに全く勉強せずとも試験も勉強もスイスイこなして行かれる方もいらっしゃると思います。はっきり言ってこのレベルの方は本当に羨ましい限りです。私の知り合いにも一人そういう類の方がいますが、仕事も遊びも収入も充実している限りの様子で「どうしてそんなに色々できてしまうの?」という疑問が浮かび上がってくるばかりです。

ですが、この様な「本当の天才」つまり生来的に何でも出来てしまうという方の割合は人口比の中で言えば極めて限定的です。一般的に天才と言われる方でもその多くの方が、比較的幼少期から勉強という方向に向かい、他の人より努力してきたという方ではないかと思います。

勉強は比較的努力が報われやすく、勉強に費やしてきた努力の総量に比例して、序列が決まって行くもの。人よりも多く、集中して努力を積み重ね、問題の解決方法や考え方を他よりも多く習得すればする程、その分野でより素早く、正確に判断して処理することが出来るようになる。しかも、この勉強により得られた経験は仕事にも応用することが出来る部分が多く、この結果、勉強や仕事を人よりも早く的確に対処することが出来る。「本当の天才」には敵わないかもしれませんが、これらの方々は非常に限られた方ですので、相対的には他の方より"デキる"ようになる。

恐らく、歴史に名を残すレベルの方々が本当の天才でしょう。このレベルの方々にはどうやっても勝てません。ただ、歴史に名を残すレベルでなくとも、過去からの地道な努力・経験の積み重ねによって、その道での非常に優れたレベルに達することは十分に可能だと思います。今現在、自分が十分な成果を挙げられていなくとも、今から尋常ではない努力をすることによって、「天才」だったり、非常に優秀な方になることはできるのではないでしょうか。

何より、この考え方には希望があります。「頭の良さは生来的(遺伝的)に決められてしまっている」と言われてしまったら努力することに何の価値も無くなってしまいます。もともとデキる奴はデキる、で終わってしまいます。そうではなく、元々生来的な頭の良さの違いはあるにせよ、一部の本当の天才を除けば、概ね同じ位のスタート。そこから人よりもどれほど密度の濃い努力を積み重ねていけるかによって、自分の頭の良さを変えていくことができるとすれば、努力することはムダではなくなります。

日々の努力の不断の積み重ね。それが蓄積していくことによって相対的な差が生まれる。その差が大きくなるにつれ、結果として人よりも多くのことが出来るようになる。また、チャレンジすることが出来るようにもなる。

この様に考えて、毎日努力を続けていかなければならないな、と思います。


天才とは努力を続けられる人のことであり、それには方法論がある/扶桑社

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