父親の転勤で小学4年で立川から札幌へ戻ってきた。
俺は立川にいた時の環境が大好きだったので、
友達と離れてしまう悲しみに教室で大泣きしてしまった。
悲しみと新しい環境への不安に戸惑いながら、
少しづつ環境に染まってゆく君。
札幌に戻った頃の私へ。
君は戸惑っていたね。教室の雰囲気がなんだか重苦しく暗い感じがして。
だけどそれは環境に慣れる前の不安がそう感じさせていただけなのかもしれない。
実際、君は数日後には新しい友達と遊んでいたからね。
それでも君はまだ戸惑っていたね。
たくさん持っていったメンコで遊ぶこともなく、野球か駄菓子屋でたむろしているか。
それにインベーダーゲームが流行り始めた頃だったからゲームセンターへ行っていたね。
立川にいた頃より金のかかる遊びが増えて小遣いはすぐになくなっていたよね。
なんだかいつも何かを我慢していたように感じるよ。
そして君には妹がいるから何かと言うと「おにいちゃんなんだから我慢しないさい!」と言われていたね。
訳のわからない理由だよね。
だけどね、五人兄弟の一番上だった君の父親は君の祖母と祖父、つまり君の父親の両親から
甘やかされて育てられいたみたいなんだよ。それだからあんなに短気で我儘で高圧的な人になったんだと思うんだ。
そう考えると我慢できる君は父親みたいな人にならなくてよかったと思うよ。
ただね、血なのかな?私の第一印象はあまり良くなくてね、「怖そう」とか「冷たそう」とかよく言われたんだよ。
考え事している顔が怒っているように見えるらしいんだ。びっくりするだろ?
君は小さい頃から音楽が好きだったね。
いまでも私は音楽が好きだよ。君が聴いていた頃の音楽もたまに聴いている。
母方の祖母がラジカセをプレゼントしてくれた時は本当に嬉しかったよね。
ラジカセと一緒に買ってくれたカセットテープ数本はあっという間にラジオから録音した歌謡曲やニューミュージックに
埋められていったね。LPレコードはお年玉で買うか、親戚のおじさんが君の誕生日に買ってくれるか。
まだステレオコンポを持っていなかった君はレコードからカセットへダイレクトで録音できなかったから、
レコードプレーヤーとラジカセを端子で繋いでいたんだったかな?それとも家族を黙らせて録音していたんだったかな?
一番クリアな音で録音できるのはFMだけだった気がするよ。あの頃はまだAir-GもNORTH WAVEもなかったから、
NHK-FMとAMラジオから流れるノイズ交じりの音を録音していたね。それでも楽しかったよね。
今はね、LPの中の1曲から買えることができるんだよ。それも自宅にいながら買えるんだよ。
すごく便利だと思うだろ?だけどね、何か・・物足りないというか、味気ないというか・・
最近思うんだよ、便利だけど・・なんだかあくせくした世の中だなぁ・・と。
あの頃、色んな物がどんどん便利になっていったのと何かが違うんだよね。
それは私が年をとって少しづつ時代のスピードに遅れてきているからなのかもしれないけど。
もし、君くらいの年齢だったら感じ方も違うのかもしれないね。
そうそう、君が中学生になった頃だったかな?
ついに、レコードプレーヤーとカセットとラジオが一体化したコンポを手に入れるんだ。
そこから君はどんどんインドア派になっていくんだ。