【その他】一人称百景(前篇) | okapiの背水の陣で資格取得にチャレンジ♪

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こんにちは。

 

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さて、昔も同じようなことを申し上げたことがあるような気がするのですが、それがしは日本人として日本に生まれ、日本で過ごしています。

 

特段、日本に強い思い入れがあるという訳ではありませんが、それなりに不満もなく毎日を過ごすことができているというのは非常にありがたいことです。

 

さて、日本人として日本で暮らす以上、当たり前ですが日本語を使う機会が多いと思います。

 

ここで大事なことは、やはり、日本語はいいなぁと思っているという点だと思います。

 

日本語が嫌いなら、英語なり、フランス語なり、中国語なり、ロシア語を使えばいいという事ですが、そもそも他の言語を覚えるのが面倒(あるいは、将来的には翻訳コンニャクができて外国語と母国語の壁がぶち壊される可能性もありますよね)というのももちろんありますが、日本語の方が魅力的なので日本語を使い続けているという要因の方が大きいと思います。

 

さて、どのあたりの点が、日本語の良さなのかと考えてみますと、難しいのですが、やはり「玄妙」であることだと思います。

 

「玄妙」…、なかなかニュアンスの伝わりにくい単語だと思いますが、グーグル先生によると、「おもむきが深くすぐれていること」だそうです。

 

そして、日本語の「玄妙」さが最も現れているのが、一人称の多様性ではないかと思っています。

 

要は、さまざまな一人称があり、それを状況・文脈に応じて使い分けることによって、玄妙さを醸し出すことができるということです。

 

英語であれば、「I」あるいは「WE」ぐらいしかなさそうですが、日本語だと、ちょっと考えただけでも次のような一人称があります。

 

私(わたし・わたくし)、僕、俺、儂、あたし、あちき、あたい、オラ、オラっち、オイラ、おいどん、我、我々、己、余、ミー、Я、拙者、それがし、吾輩、乃公、オレ様、拙僧、朕、麿、小職、小生、当方、当職…。

 

「朕は国家なり」であって、「オラは国家なり」ではありません。

 

「余の顔を見忘れたか!」であって、「おいどんの顔を見忘れたか!」ではありません。

 

次回に続きます。

 

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