先日、私の日常から「断捨離」というワードがなくなったという話を綴りましたが
物を整理したり処分したりを全くしなくなったわけではなく
時折思い立ってやっています。
その時折、私が感じているものは
シンプルに「やろ!」というものです。
奮い立たせたりするわけではなく
自然とそこに気持ちが向くような感覚があります。
それ以外はそれほど手をかけることも
時間をあてがうこともなく…
なんなら、
そのへんにいろんなものが転がっていることも
多々あるのですが
(子どもたちがシール集めにハマっているため、剥がれたシールが地味にトラップ)
私に時折やってくる「.やろ!」には
共通するものがある気がしました。
以前とは始まりが違う
このブログを始めたばかりのころは
「得るより手放したい」
その一心に狩られていて、そこにどっぷり浸かるかのように
選別しては処分するを繰り返していました。
一心不乱
という言葉が相応しいような状態だったと思います。
今、時折訪れる「やろ!」が私の中で起きる時、
どちらかというと
何かの出来事を通して感じたことから
自分なりに納得したような感覚や
それらに気持ちの区切りをつけたような感覚
がある時だなと感じました。
出来事そのものは大したことはなかったりもするし
心が揺さぶられるものもどちらもあるかなと思いますが
気持ちが先に区切りを迎えたとき
手を動かすことや行動に繋がっていることは
今の自分の生活の中では
意外と大きな影響を与えているようにも感じます。
以前は、
断捨離という行動をすることにより
気持ちの整理がされていったように思うのですが
今は、
気持ちの整理(区切り)がキッカケで
断捨離という行動に結びついているように思います。
どちらも行き着くところは
心の整いであったり
すっきりと清々しさを感じる境地なのかもしれませんが
始まりになるものが変わったことで
断捨離というワードが
自分の中から薄まっていったのかもしれないなと思いました。
どちらが先に来ても
自分の中でなにかしらの循環がなされているのかもしれないなぁと感じています。
