注意 当、二次創作小説(シナリオ)を初めて読まれる方は先にこちらをごらんください。
あなたと始める物語は。41
〜 Leak out ~
★
《ダーリンは芸能人》二次創作
そして翌日の昼過ぎ。
お昼ごはんを提供し終えて少しゆっくりしてから、キッチンで幾つかの常備菜を作りながら夕食の準備に取り掛かっていた。
何故か京介くんが手伝うと言い出してキッチンに付いて来たけれど、昨日も作詞のための時間を潰してるのに本当に大丈夫なのだろうか。
「ねぇ、手伝ってくれるのはいいけど間に合うの?」
「さぁ?」
「さぁ、って」
「……わざわざそのために時間を決めてただ座って考えたって何にも浮かばないし」
昨日も同じことを考えて、でも私が考えたところで物事が進むわけじゃなくて。
堂々めぐりに再び私は口を噤む。
そんな時だった。
外が少し騒がしくなったかと思うと同時に、誰かが慌ただしく玄関ドアから室内に入ってきた音が聞こえてくる。
ちょうどリビングには一磨くんが居たはずで、入ってきた誰かと何かただならぬ雰囲気で話しているようだ。
常備菜の味付けをしながら何事かと気をそちらに向けていると、声の主の一人はどうやらチーフさんらしく、もう一人は京介くんのサブマネさんっぽい。
突然騒がしくなったリビングに私たちは顔を見合わせると同時に、チーフさんが顔を出した。
「……2人とも、こっちへ」
その表情の強張りに何が起きたのかと思いながら京介くんと二人でリビングの方へ向かう。
そこにいたのは深刻な顔をした一磨さんとチーフさん、それから京介くんのサブマネさん。
そしてエントランスには亮太くんのサブマネさんが。
すぐに他の部屋にいた義人くんもやってきた。
あまりもの雰囲気に思わず後ずさってしまう。
昨日京介くんが抜け出したことでこんな風になるはずもなく、只事ではないと直感で悟った。
「え、なに、みんなして」
少しだけおどけたように言う京介くんに対して「これを見て」とチーフさんがスッとタブレットを差し出す。
そこに表示されていたのはとあるSNSのスクリーンショット。
その中の画像には昨日買い物をした市場の店員さんらしき人が笑顔で写っている。
「これがどうしたんですか…?」
「5時間ほど前にアップされたの。 今は削除したけど。
ここに写っているの、あなたたちよね」
彼女が指差した場所を見て私は息を呑んだ。
その店員さんの向こう側には市場で買い物をしている私と京介くんの姿があったのだ。
しかもパッと見は仲のいいカップルのように見えて。
ピント調整が甘かったのか、私たちは離れたところに居たにもかかわらず、小さいけれど割りと鮮明に写っている。
ふと見るとその投稿に対するコメントが200近くついていた。
「これが京介じゃないかと言い出した人がいてね。 すぐに削除させたけれどどうやらその前にこの投稿をスクショした人がいて。 それが拡散されていってる」
「!!!!」
デジタルタトゥーだ。
背中を冷たい汗が流れた。
そしてふと、来るときの飛行機で隣だったカメラマンアシスタントさんも居ることに気付く。
何故この人が?
その疑問は次のチーフさんの言葉で解かれた。
「それをアップしたのは彼なの。 どうやらアルバム用の素材として撮ってたらしいわ。
この人の後ろにあなたたちが居ることに気付かなかったらしい」
「―――まったく…! 撮るときに気付かなかったのは仕方がないにしても、画像を確認もせずにSNSに上げるなんて迂闊すぎるだろうが!」
サブマネさんの怒鳴り声でアシスタントの人が謝罪の言葉を何度も呟いた。
そしてその怒りは私の方にも―――。
「そもそも、あなたが京介を連れ出さなければこんなことにはならなかったんですよ!」
喉の奥がヒュッとなる。
連れ出したワケではなかったけれど京介くんの同行を拒まなかったのは私だ。
あまつさえ、彼と一緒に行けることを心のどこかで喜んでいて―――。
それが家政婦としての領分を超えているものだと分かっていても、私が浮かれていたのは確か。
―――取り返しの付かないことをしてしまった…。
心の中で後悔していると、サブマネさんの言葉に京介くんが反論する。
「愛優香は悪くないだろ! ここを抜け出して付いていったのはオレだし!!」
「この女が連れ出したワケじゃなくてもお前を付いて来させたこと自体が間違いなんだよ!」
サブマネさんの言葉で京介くんの雰囲気が変わる。
「―――『この女』…? 愛優香を見下した言い方すんな!」
「見下してなにが悪い? どうせ家事するしか能のない人間だろうが」
「ッ!!! お前…っ!」
「!! 京介くん…っ!」
怒りで感情的になった京介くんがサブマネさんに掴み掛かろうとするが、寸でのところで一磨くんと義人くんが留めた。
それにしても、ここまで声を荒げる彼を見たのは初めてだ。
「京介、落ち着け!」
「やめろ、京介!」
「お前ら、離せ!! コイツとは一度」
「―――京介、止めなさい。
竹野も、あんなことが遭ったからってそんな風に言うのは分かるけど、彼女は痛みを知ってる側だからそこまで警戒する必要はないと思うわ」
一磨くんたちを振り払おうとする京介くんにチーフさんはあくまでも冷静に諭す。
そんな中、チーフさんの『あんな目に遭った』という言葉が不意に引っ掛かった。
あんなこととは、京介くんのサブマネさんに?
それとも京介くん本人に??
そして、私が痛みを知ってる側とは???
だけど次のチーフさんの言葉でその思考はすぐに何処かへいってしまう。
「しかしですね…!」
「今はそれどころじゃないでしょう。
ご丁寧にこの島の名前をハッシュタグにつけてたから、芸能レポーターたちが挙ってこっちに向かってるのよ?」
「―――っ!」
「これだけじゃこの島の何処にいるのかはすぐにはバレないけど突き止められるのは時間の問題。
愛優香さんはすぐにでもここから離れて。 羽田直行の最終便に席を取ってあるから荷物を持って東京に戻ってください」
「はい…!」
「羽田には圭子が迎えに来るはずだから連絡を取り合って合流してください。 それと、いま住んでる部屋には戻らないで。 東京に残る他のレポーターたちがマンションの近くをウロついてると思うから」
「分かりました」
「じゃあ叶瀬、愛優香さんを空港までお願い」
「了解しましたー。
愛優香さん、行きましょーか」
ヴィラのエントランスにいた亮太くんのサブマネさんが軽い調子で私を呼んだ。
いつも私に悪い感情を向ける京介くんのサブマネさんとは違って、この人は割りと友好的であるから少しだけホッとする。
彼の運転でホテル本館に戻り、急いで広げていた荷物をキャリーバッグに入れる。
チェックアウトの手続きは不要ということで、ホテルの駐車場に停めてあったレンタカーで空港へと向かった。
「しっかし、ファンってすごいですねー。 あれだけで京介って分かるとは。 ボク、全っ然分かりませんでしたよ」
空港までの道中、落ち込んでる私を励まそうとしてるのか亮太くんのサブマネさんが明るくそう言い、いやーホント恐いわー、と繰り返している。
世の中には被写体の瞳に写る風景からその撮られた場所を突き止める人が居ると言われていて。
そこまで極端じゃないにしても、熱狂的なファンならふと目にした写真に写ってる人物が自分の最推しであることを判別するのは簡単なことなのかもしれない。
「……」
「愛優香さん」
「あ、はい…」
「これからどうするのかは上の判断に任せることになるんですけど、そう落ち込まないで下さい」
「でも…」
「起きてしまったことは仕方ないです。 落ち込んでる時間が勿体ない。
ただ、ボクらにとって彼らはとても大切な存在です。 何をおいても守るべき存在です。 それを覚えていてほしい。 どうか上がどんな判断をしても必ずそれに従ってください」
「…はい、分かりました」
事務所がどんな判断をしてどんな対策をするのか分からないけれど。
彼の言葉から、何となくだけどもう今までのような彼らとの生活は出来ないのだろうと推測した。
「じゃあ、また」
「ありがとうございました」
搭乗手続きを終えて、空港まで送ってくれた亮太くんのサブマネさんに頭を下げてお礼を言い、出発ゲートをくぐる。
そして搭乗時間まで搭乗口近くにあるソファに座って窓の外を見た。
夕日が雲を金茶の色に染めて滑走路の向こうに沈もうとしていた―――。
〜 to be continued 〜