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Staticeの花言葉とともに with 中西京介91
~ダーリンは芸能人・妄想2次小説43~
―――まだ明けきらない朝。
アラームの一音を耳にして、隣で眠る京介くんを起こさないようにと私は手を伸ばして目覚ましを止める。
まだ覚醒しきらない体はすぐ隣にある『幸せ』を求め、もう一度彼のそばに身を横たえた。
素肌と素肌が触れ合ったとき、昨夜の余韻が呼び起こされて幸せな感情が身体いっぱいに広がる。
(ふふ…本当に幸せ…)
手を伸ばして京介くんの頬に触れたとき、彼の手が重ねられた。
ゆっくりと開いた彼の双眸に私が映る…。
「あ…、ごめんね、起こしちゃった?」
小さな声でそう尋ねると、京介くんはまだ眠そうで気だるげな表情でふるふると首を振る。
もっとも、この様子だと起こしたのは間違いないわけで…。
私は彼の頬からそっと手を離し、再び目を閉じた京介くんを起こさないように静かにベッドから降りた。
昨夜は愛し合ったあとにそのまま眠ってしまったため、出かける前にシャワーを浴びようとバスルームに入る。
少し熱めのシャワーを頭から浴びて、まだ少し眠気が残る頭をスッキリさせた。
今日のお仕事は、前に香月さんからお話しがあった彼のジュエリーブランドのCM撮りだ。
私が負傷休養している間にお仕事の話は進んでいて、新作発表会に合わせて組まれたスケジュールを数日前の香月さんとのお食事会のときに渡された。
前に説明されたように、私一人で二つの新しいブランドのCMを撮るため、少し大掛かりなロケになっている。
今日はその1日目で、都心から離れた自然あふれる風光明媚な場所での撮影とのこと。
そのため集合時間が少し早くて、京介くんが起きる時間とはすれ違いになってしまっている。
身支度を終え、車中で食べるために用意した簡単なランチボックスを持って玄関へ向かおうとしたとき、後ろから不意に声を掛けられた。
「ねぇ、声掛けずに行くつもりだったの?」
「あ、れ、寝てたんじゃ…」
「んー、寝てたんだけどさ、大事な彼女が大きなお仕事に行くのに見送らないのはナシでしょ」
「ふふ、そっか。
じゃあ、いってきま―――、っ!」
玄関の上がり口で急に強く抱きしめられ、いつもの『いってきますのキス』とは全然違った激しいキスに思わず面食らう。
吐き出す息ごと飲み込んでしまうように荒々しく―――。
だけど始まったときと同じように終わりは突然で。
ぽかんとする私の目の前の京介くんがニヤリと笑う。
そのくちびるには私のルージュが移っていて、京介くんは手の甲でぐいっと拭った。
「今日は香月さんとか来住とかが相手なんでしょ? だから魔除け」
「ちょっと、魔除けって」
「ルージュ塗るたびにオレを思い出してくれると嬉しい」
「ちょ…」
「はい、いってらっしゃい♪」
満面の笑顔でそう言われ、私は反論することが出来ずに部屋を出るのだった。
エレベーターで1階に下りると、そのエントランスには白いリムジンが停まっていた。
撮影場所まではロケバスでいくと思っていたものの、私と相手役の来住さん、そしてオーナーの香月さんはこのリムジンで向かうらしい。
車のそばに立っていた執事風の初老の男性に声を掛けると、彼は白髪混じり頭を正確な角度で下げ、そして車のドアを開けた。
「おはよう、紫藤」
「おはようございます、香月さん、来住さん」
車に乗って来住さんの隣に座るとドアが閉まり、香月さんの合図でリムジンは目的地に向かって静かに走り出した。
座席の目の前には車の中にしては少し大きいモニターがあった。
香月さんは運転席との仕切りを閉じてモニターを操作する。
「オズマジックから絵コンテの動画とロケ地の映像を預かっている。
コンセプトは前に話した通りで変更ナシ。 それ前提に演技組み立ててみて」
「わかりました。 シナリオは香月さんのイメージどおりですか?」
「プレゼンでは、内容的には良く出来てたと思うよ」
「そうなんですね。 了解です」
香月さんがスタートボタンを押すと、これから向かうと思われる場所の風景が流れた。
緑に彩られた丘と突き抜けるような青い空。
それにプラスして、イメージしやすいように時折流れるナレーションと、使用する衣装の画像。
現地につくまでの間、撮影が始まっても齟齬がないように動画を見ながら香月さんや来住さんと打ち合わせを続けた。
そのせいか、リムジンはあっという間に撮影ロケ地に到着する。
目の前に広がるのは、見せられた風景動画よりもはるかに緑の濃淡がはっきりしている丘と真っ青な空、そして丘の向こうにははるかに濃い青をたたえた海。
車の中であれほど話し合ったというのに、企画動画を見るだけではぼんやりとしか浮かばなかったイメージが明確な映像となって頭の中を流れる。
「紫藤、こっちへ」
「あ、はい」
車を降り、香月さんに先導されて着いたのは蒼い海を背にして建つ白いコテージだった。
そこで着替えとヘアメイクを施されることになっているそうだ。
「遠路お疲れさまです、紫藤さん」
「上条さん! ご無沙汰してます。 お変わりありませんか?」
「はい。 紫藤さんもお元気そうで何よりです」
にこやかに話しかけてきたのは、CM制作会社オズマジックの上条さんだった。
前回のCMでお世話になったのは半年以上も前だったか。
その間にもいろんなことがあったけれど、全ての事件が収束し、気がかりなことがなくなって心が軽い。
ふと、上条さんの隣に私と同じくらいの年齢の女性が立っていることに気づいた。
「あの、上条さん、そちらの方は」
「ああ、申し遅れました。
今回のCMでサブディレクターを務めます青山です」
「はじめまして、青山です。 よろしくお願いします」
髪を後ろに一つに束ね、ダークグレー系のスーツを着た彼女が頭を下げる。
清楚な感じはするものの、何かもったいないような、そんな感情があふれる。
(うーん、なんだろう…)
気には掛かるけれど、その理由を突き止めるほどの時間はなくて、準備をするために指定された部屋へと向かう。
通された部屋には既に誰かがいた。
「海尋ちゃん、おはよう!」
「モモちゃん!
わぁ、モモちゃんが担当してくれるの? ありがとう!」
「海尋ちゃんの大きなお仕事だもの、こないわけないでしょ? 楽しみ~。
あ、あとね、こちら初めましてかしら」
「え?」
モモちゃんにヘアメイクを担当してもらえることに浮かれて、隣にいる方の存在を一瞬忘れてしまっていた。
見覚えのあるその人は、にこにこと笑いながら手を差し出す。
「はじめましてじゃないわよね、海尋ちゃん」
サラサラのロングヘアのその人はモモちゃんと同じくフリーランスでヘアメイクをしている南さん。
前回の化粧品CMでお世話になった人だ。
「はい。 前回はお世話になりました」
「あらぁ、もう一緒にお仕事したことがあるのねぇ。 海尋ちゃんも場数たくさん踏んでるもの、当然か。
今回のヘアメイクはね、私と勇介とで担当させてもらうわ。 よろしくね」
二人ともスケジュールを押さえるのが難しいほどひっぱりだこのヘアメイクさんなのだけど、こうやってダブルで担当してくれるなんてものすごく豪華!
思わずテンションがあがってしまう。
しかしながら、二人でヘアメイクを担当するということは今回は余程大掛かりなCMになるということがヒシヒシと感じられる。
そういえば香月さんが数年ぶりの新ブランドの宣伝にはお金に糸目はつけないって言ってたっけ…。
そのことを思い出すと身が引き締まる思いがした。
「やだぁ、海尋ちゃん、緊張しすぎよ! いつものようにリラックスリラックス」
「う、うん…」
「じゃあ、先に衣装に着替えましょうか。 ヘアメイクはそれからね」
お二人はそういっていったん部屋の外に出て行くと同時に衣装担当らしき女性が入室した。
部屋の隅にあるトルソーに掛けられた衣装は白をドレスベースとし、桜色や紫水晶色、若菜色などの淡い布が絶妙な配置でまとめられていてとても柔らかい雰囲気を醸している。
「すみません、実は今日は下着のほうも指定がありまして」
「えっ、そうなんですか? …珍しいですね」
「びっくりですよねー。 長いことこの仕事やってますけど、下着までもが衣装だなんて私初めてです」
そういうスタイリストさんに手渡された下着のサイズは驚くほどぴったりだった。
続いて手渡された衣装はたくさんの布が使われているにもかかわらず驚くほど軽く、風に吹かれるとふわりと飛んでいってしまいそうで。
しかも少し透けるような薄い素材のその衣装は不注意でどこか破いてしまいそうだ。
戦々恐々としている私に、スタイリストさんは笑いながら言う。
「ああ、そういえば結構強いらしいですよ、その生地」
「こんなに薄いのに?」
「なんでも新開発の生地だそうです」
「そうなんですね」
新素材をふんだんに使った衣装といい、トップヘアメイクを二人も配置することといい、香月さんの言には偽りがなかったということか。
私が着替え終わると、先程と同じようにスタイリストさんと交代でモモちゃんと南さんが入ってくる。
「きゃー、海尋ちゃん、とてもキレイ!」
「可愛らしさもあって不思議な雰囲気よねー」
「え、そう…? でも何だか照れる…」
「照れなくてもいいじゃない。 ヘアメイクの腕が鳴るわねー」
「わかる! さぁ、海尋ちゃん座って!」
ハイテンションな二人に椅子を向けられ、大きな鏡の前に座った。
そして二人は一瞬にして仕事モードに入る。
「あら、海尋ちゃん睡眠不足じゃない?」
「その割には肌のコンディションはよさそうよ」
話をしながらも二人はマッサージやらベースメイクやら手際よく進めていく。
途中で色味に関する意見が分かれても、無理矢理に意見を通すことなく巧くまとめていく。
そうしてわずか1時間弱で全ての用意が終了した。
「うん、最高!」
「海尋ちゃん、頑張ってね!」
「モモちゃん、南さん、ありがとう!
いってきます!」
お二人に背中を押されて、私は白いコテージから一歩を踏み出し、撮影に臨んだのだった。
~ to be continued ~