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Staticeの花言葉とともに with 中西京介40
京介くんの記憶から私が消えて1年もの時間が経過していた。
その間、私のスマホから『Secret Summer』が流れることはなく…。
ようやく前を向いて歩きだした私に届いた、京介くんからのメールは、『ごめん』とだけ書かれていて。
その真意をはかりかねて、まる一日が経ってしまった。
考えても仕方がないことを考えてしまうのは、完全に別れを告げられてしまうかもしれないという怖さと元の関係に戻れるかもという期待感が綯い交ぜになっているから。
『ごめん』の言葉はどちらとも取れる意味にもとれるからどうしても考えてしまうのだ。
「……」
だけどそれをそのままにしておくことが出来ないのは確かだ。
あやふやで中途半端な関係のままはお互いにいいことだとは思えない。
確かめる必要があって、だけど本人に直接聞く勇気がなくて、私は苦渋の末、一磨さんに聞いてみることにした。
彼らは私よりも多忙であるはずだから、用件だけかいつまんでメールを送る。
するとすぐに一磨さんからだとわかる『Eternal sunshine』のメロディーが流れた。
『海尋ちゃん?』
「は、はい」
『メールの件だけど。 近いうちに会えるかな』
「…はい。 日にちと時間を教えてもらえたら何とか合わせます」
「わかった。 こっちの都合をメールするから、大丈夫な日を教えて?」
「はい…」
そんなやりとりのあと通話は終了し、10分もしないうちにメールが届いた。
(京介くんも…来るのかな…)
そう思いながら一磨さんの都合のいい時間の中で一番近い時を選んでメールを返す。
するとすぐに了解の返事が来て。
急遽、明後日の夜、私は一磨さんの部屋に訪れることになった。
そうしてその日、一磨さんとはたまたま同じ局でお仕事があり、お互いの仕事が終わってからマンションに帰る彼の車に同乗させてもらえることになった。
「あの、すみません…」
「気にしなくていいよ。
今日は何の仕事だったの?」
「特番のアシスタントです。 前にお世話になったプロデューサーさんに代打頼まれちゃって」
「そっか。 放送日決まったら教えて?」
「はい…」
私が気を使わないようにいろいろと話しかけてくれるけれど、正直、この後の話が気になって端的に答えることしか出来ない。
自分でも余裕がないと思う。
車内にぎこちない空気が漂う中、夜の帳が下りても賑やかな街を車は走り抜ける。
やがて――――1年ほど前まで住んでいた、見覚えのあるマンションが見えてきた。
途端に不安が込み上げて来て、膝の上で祈るように組んでいた手のひらをぐっと握りしめる。
一磨さんは緩やかにハンドルを切り、車はいつものように地下駐車場に入って、所定の位置に駐車した。
目に見えない恐怖は体を強張らせ、車から降りることを躊躇させる。
そんな風になかなか降りない私をいざなうように、一磨さんは助手席の扉を開けて微笑みを浮かべながら手を差し出した。
「どうぞ」
その微笑みは、これから明らかになる事実の何を意味しているのだろう。
考えれば考えるほどわからなくなって、それでも行かないわけにはいかなくて、私は一度眼を閉じて深呼吸をする。
制御することの出来ない心臓の高鳴りは指先を震わせるけれど、もう一度ぎゅっと握り、大きく息を吐いた。
そうしてようやく、差し出された一磨さんの手をとり、私は彼の車から降りる。
かつてここの住人であった時のように、地下駐車場から最上階へのエレベーターに乗り、操作盤を操作する。
到着した、waveの寮となっている最上階フロア。
京介くんの部屋の前を通り過ぎて、二つ隣にある一磨さんの部屋にお邪魔する。
waveのみんなと集まって一緒に過ごしたこともあるこの部屋は、1年前と全く変わらなかった。
「お茶、用意するから適当に座ってて?」
そう言いながらキッチンへと向かった一磨さんを眼で追い、そのまま落ち着きなく部屋を見渡す。
やがて2つのマグカップを持ってリビングにやってきた一磨さんは、一つを私の目の前に置いて、自分もテーブルを挟んだ反対側に座った。
「えーっと、ね、…まずはゴメン」
開口一番に謝罪の言葉が出るとは思ってもみなくて、突然頭を下げた一磨さんに面食らう。
驚いて何も言えない私を見て、彼は苦笑を洩らして続けた。
「いきなり謝られてもなに?って感じだろうけど。
預かってたペアのマグカップ、割れちゃったんだよ」
「えっ…」
京介くんを出る前に預けてたあのマグカップ。
箱ごと落として割れたのか、箱の上に何かが落ちて割れてしまったのか。
割れモノである以上は仕方のないことだけど、やはり受けたショックは大きい。
口を噤む私に一磨さんはさらに驚くべきことを続けた。
「……正確には、さ。 京介が、なんだけど」
「っ!」
―――京介くんが…割った……?
ワザとなのか、偶発的な事故なのか。
二人のマグカップを京介くんが割ったという事実に、悪い予感が思い浮かんでくる…。
「たまたまあの箱を見つけて、中身を確認してる時に頭痛の発作が起きて、手にしてたマグカップ落としちゃったんだ」
ワザとじゃなかったことにとりあえずホッと胸をなでおろす。
よくよく聞いてみると、ドラマ打ち切りで落ち込んだ京介くんを励まそうとみんなで焼肉パーティーをしたらしい。
そこでいつものホットプレートを使ったのだけど、それをしまうときに京介くんが箱を見つけたらしいのだ。
「目につかないようなところに置いてたつもりだったんだけど、意識が戻った京介に聞いたら、たまたま目に入って、何故かそれが気になって引っ張りだしたらしい」
そこで、一磨さんが何気なく言った言葉たちに思考回路がパニックを起こす。
頭痛の発作…?
意識が戻った…?
そういったことは全く知らなくて、思わず身を乗り出して一磨さんに尋ねる。
「そこで―――」
「えっ、あっ、ちょっと待って下さい! 意識が戻ったって…頭痛の発作って…どういうことですか!?」
「あ、ああ、そういえば言ってなかったか。
京介、あの日からつい先日まで何度か、酷い頭痛を起こして意識を失うことがあったんだ」
「!」
「それが……どうやら、海尋ちゃんに関する何かを思い出し掛けた時だけらしいんだけど」
一磨さんの言葉に、頭が殴られるような衝撃を受けた―――。
~ to be continued ~