中学生の頃から時間について、感情について、
一体何なんだろうってずっと考えてました。
時間については、ずっとないんじゃないかと思っていたんだけど、どんな本を読んでも(当時は)そんなこと言ってる本は無かったです。
だって、どうやって考えても、「今」しかなくて、
過去をどんなに証明しようとも、証明なんてできない。
記憶だって捏造できるし、今ある物質だって、過去あったかは証明できない。
と思っていた。
または細切れの連続で、結局は「今」しか証明できない。
で、話変わって、「日付変更線」について。
この地球では、日付変更線を跨げば同じ時間なのに日付が変わってしまう。
それは同じ時間なのか?
脳がバグる。
同じ時間だと思われるのに、一方では今日の話で、
また一方では昨日の話だったりする。
つまり、勝手に日時を決めてるだけで、本当は同じ今しかないのに、
昨日とか明日がある。
別の言い方をすれば、「今」を起点に概念的に過去や未来を設定している。
そしてまた話は変わって、
時間の刻み方を振動数で決めていたとしても、
その振動数はずっと同じ振動数であるとなぜ言えるのだろうか?
全体がゆっくり振動していたら、みんな気づかずゆっくりの中にいて、ゆっくりに気づかない。
時間が伸び縮みしてても気づけない。
まあ気づく必要もないけど、伸び縮みしてるかの確認ってどうやってするの?と思う。
時間が可変であったら。
意識が身体にないとしたら。
そんな疑問が長年あったけど、なんとなく腑に落ちたのはここ5年。
結局、意識や記憶は脳にあるだけじゃなく、見えない空間にもあって、
時間も可変で、ないとも言える。
そんな結論に今はいますよって話でした。