自分は日々、動きながら考えながら生きてはいるつもりですが、その中で「意識して考え・動く」のと「無意識に考え・動く」もしているなあと思うことがあります。下手をすれば自分では「意識しているつもり」でも「無意識にしている」こともあるのを後で知り、マジかよ?と思うこともあります。
例えば癖や傾向・習慣などがそうですね。自分で意識している感じかどうかの差も判らないうちにやっちゃっている。これがまさにそうですね。それが大したことが無い事項で有れば良いのですが、周りに迷惑を掛けたり自分で損をすることになったら、芳しくない。そこですね、唯一問題なのが。逆にそれさえなければ、別に良いかなとは思いますが。
この思考の延長で思うのが「自分の意識で思うことや選ぶ事の理由」について考えたら、どうも理由があるようだと。
それは自分の中にある要求みたいなものが、そうさせていると思います。
例えば、自分は良くここのブログでは「車」の話をします。そして欲しい車の事などを軸に色々話していますが、その車が何故欲しいのか?とふと思ったんです。
それはやはり原因は有って、数種の複合であることが分かります。言い方を変えれば「欲求」ですね。
でも、その欲求の根源は?と考えると、やはり理由は見えてきます。数種あるんでちょいと述べてみます。
乗り心地の良い車が欲しい
格好いい。又は自分の気に合ったデザインの車が欲しい
装備や機能が豊富な車が欲しい
価格も適切な車が欲しい
馬力もあって走る楽しさがある車が欲しい
燃費の良い車が欲しい
自分の生活用途に合った車が欲しい
運転がしやすい車が欲しい
ざっとですが、こういうのがありますね。
で、これらを見ると何でもない。普通の誰もが抱くであろう希望と言うか求める方向性みたいなもので、特段「変」ではないわけです。ですが、これがもし「自分の欲得を離れ、ただ日常に使うだけの車」であれば、自分が抱く「あれこれ」はいらない、となります。
極端な例えですが、もしこの「使うだけの車」であれば、型式が古かろうが、多少痛んであろうが、燃費が良くて頑丈で使い勝手さえよければ「良い」という事になります。
するとそれ以外の「あれこれ」は見栄なのか欲なのかわかりませんが、そう言う類の傾向ではないかと言うのが見えてきます。
実は自分は今まではそうでもないと思っていたのが、そうだったんですね。総じれば「欲がメイン」だったと。
何故そう言えるかと言うと、自分の義理の父も自分もそうですが、買っても乗っても満足度が完全にならないんですね。
どこか不満と言うかどこか物足りない。だから、ある程度乗れば「換えたくなる」んですね。
一方、自分の親戚では「昔の車が好き」なのがいて、まだその人は30代なんですが、今から20年以上前の時期の車。マークⅡとかクレスタ、チェイサーとかを「欲しがるんです」で、本人の希望はマークⅡ以外だったが実車が無いのでマークⅡに乗ってます。
自分の丁度若き頃に憧れ&流行った車ですから良く存じていますが、まさかそれを欲しがるとは。
一体いつの時代の子だい?と言いたくなるほどなんですよね。
そして実際13年を超える車は毎年車検ですし、税金も高い。燃費も悪いし痛みも出てきている。中古の在庫もあまり無いし、壊れたらもう乗れなくなります。ですが、そういう有様でも愛好して今時の車に乗ろうとしない。本当にいい意味での貴重な存在です。
一方、自分と義理の父は今時の車が好きで、それこそ今回のモビリティショーで出た車種を見て「良いなあ」と歓喜。
いやはや、何だか先ほどの親戚の若いものと逆ですな。
で、何を言いたいかと言うと、逆行が起きていることです。
自分たちもマークⅡが悪いとは言いません。一世を風靡した車ですからね。その当時は自分はお金も無かったことから、父のお下がりの「ランサーEX」のノーマルを乗っていましたが、やはり冬至の車が欲しかったですよ。だからマークⅡは「高嶺の花」ですし、今見ても「懐かしいなあ」と言う感慨はある。
だが、実際に乗るか?と言えば、それはない。色々な面でのデメリットがあるんで、乗りません。義理の父も同様です。
で、その親戚の人は「今時の車が良く思えない」と。いやはや、感覚が全く逆のベクトルです。
人それぞれの感覚や気持ちがあるんで否定したり、こうだと決めつけることはないですが、考えた。
親戚の人は「車のデザインもあるが、旧車の魅力にほれ込んでいる」のですね。
一方、自分と義理の父は「機能性やら流行も追いかけている」面がある。新しい物好き、でしょうね。
そしてその新しい物好きはどちらかというと「欲得が入りすぎているなあ」と思ったんです。ちなみに今の今まではそういう風に考えたことが無いです。
欲得が本当になく、自分の感性で買うなら旧車でも良いはずです。実際自分も旧車で好きな車は数種あります。
ですが、やはりデメリットが多いんで選ばない。それこそ車体自体も安い。壊れても安価で直せる。燃費も良い。税金も安くて車検もフリーなら買うかもしれません。だから旧車が好きても「買わない」のがそこですね。
それこそ自覚はないが自分と義理の父親は「幸せの青い鳥」をある種追いかけているのかもしれませんね。
好みや考え方は人それぞれなので、それに合ったものを選べる時代が来ると良いなあ、とは思います。
車はただ作られ使われ壊されるだけでは、何だか・・・。
自分もあのイニシャルDで有名になった「86」も側だけ昔のままで、中身を現代に変えたやつがありますが、あれだと乗りたいですね。高くて買えませんが。
でも、今後はそういう世の中になってくれればいいな。自分の好きなものを選んで愛好して乗れる。そういう時代が来て欲しいなあ。そう思っている自分でした。
それでは。