結果は同じなのかも知れない。
自分のこころの行き着く先。
でもたどり着く道が違えば、意味も全然違うとおもう。
こころが
自然と◯◯でない状態と
◯◯ではいけないと考えてる状態と
◯◯したくない状態では。
…意味が全然違うんだ。
結果はみんな同じ。
「◯◯では無い」だけど。
やっぱり意味は違うんだ。
ああ、判りづらい。
例え話にしてしまおう。
例えば。
こころが自然と憎んでない状態と、憎んではいけないと思って憎んでない状態と、憎みたくないと思って憎んでない状態。
結果はみんな同じ。
「私は憎んでいません」
だけど、意味は違う。
わたし、ご主人さまを憎んでないし、恨んでもいない。
そんなのトーゼンってくらい、1ミクロンも恨んだりとかしてない。
その自分のこころは、判る。
なのに、その経緯が判らない。
恨んじゃダメ、恨むなんて変だし、恨みたくないもん。
…そーゆー感情の先にあった答えだったら…
それはホントに恨んでないって言えるの?
恨んでないって言えるのかどうかも判らないのに、恨んでないって結論だけは事実として出来上がってしまっている。
だってわたし、1ミクロンも恨んでないって胸張って思えるもん。
だからね、わたし。
もしかして、恨んじゃダメって気持ちでそれを封印したのだとしたら。
なんだか涙が出てしまう。
ご主人さまに対して嘘っこはイヤ。
自然発生した感情で恨んでないとか憎んでないとかじゃないとイヤ、だ。
封印した感情かも…って不安になって、ぽろんと涙が出るのはイヤだよ。
泣くのはきっと、ホントは押さえつけてるだけで憎らしいから、じゃない。
いとしいなーと思うからだろう、きっと。
いとしい人に隠れて、汚い感情があるかも知れない事実が受け入れられないから。
そんなのヤダヤダヤダヤダ、ヤダー。
そういう、駄々っ子な感情がポロンって涙で込み上げてくるんだよ、きっと。
ようするにね、
すきだから、ときどき泣いちゃうってこと。
それでいい
それでいい