どうもどうも。また久しぶりになってしまった。今日はお休みで人間ドックでした。まずまずの結果。一安心したので飲みに出かけるところです。
さて、本日はこちら。
すらたけ@slatake
昨日の論破の話の続きなんだけど、そもそも正しさというのは世界にある真実や事実のことだと思うんだけど、これは誰がそれを知ってるとか知らないとかは問題じゃないんだよ。知ってるから偉い、ってのは子供に「よく頑張ったね偉いね」程度の事、なんだよね。論破以前の問題として何も偉くない、という
2021年10月07日 15:37
すらたけ@slatake
知っている事、というのはだから大してすごい事じゃない。知っている事を前提に「自分でそれを経験したこと」のほうが大切だし価値がある。さらに言えば「自分でそれを他人に教えられる」とさらに良い。
2021年10月07日 15:38
すらたけ@slatake
そしてさらに言えば、全く別の事柄の知識、経験をお互いを抽象化していく過程で共通点や同義である論理を見出して本質を見出す、それを相手に説明して説き伏せる。これが論破なのよ。
2021年10月07日 15:40
すらたけ@slatake
ちなみにひろゆきさんは自身も言ってるけど論破なんてしてない。単に相手の論理矛盾や無思考で発言した矛盾点について理解ができないから質問してるだけ。質問された方はそんなこと考えてもいないしそこの矛盾や不整合の存在すら認識してないから口籠もって論破されたみたいになるだけ
2021年10月07日 15:41
すらたけ@slatake
すぐ論破したとか言ってる奴ほど論理的思考ができてないんよ。概念同士のぶつかり合いなんだから論破できないことなんてたくさんあるし、そういうわかりやすい勝ち負けみたいなのをつけたがるのは本当に知能が低い表れ。バカはすぐにわかりやすい帰着を喜ぶ
2021年10月07日 15:43
議論やディベートというのは何か物事を決定するときやアイデアを生み出す場合にとても大切だと思うのだが、昨今、何かとひろゆきさんこ事を論破王と呼んだり(ひろゆきさんのことをよく見てる人は彼が決して相手を打ち負かそうと論破しようなんて全く思ってないのはわかるはず)、論破する事がなにか凄いこと、敬うべきことのように取り扱われていることにとても疑問を感じている。それと、その内容。論破とは論理的に相手を説得することだと思うが、なにか論破とは「事実を正しく知ってる事で実現する」という認識の人が多いというところ。論破自体に価値があるかどうかは別に置いておいたとしても、正しいことを知ってる事が全てでもなければ必須条件でもない。議論で大切なのは論理性。もちろんそのベースとなるエビデンスや統計は疎かにして良いとは思わないが、論理性を抜きにしてその知識や事実確認の正確さだけでは論破は成り立たない。それがわかってないというか、どうしても頭の弱い人はわかりやすい帰着に流れがちである。白黒つけたがるのだ。1+1=2が正しいが、なぜ1+1=2になるのか、論理的に説明しなければ、論破は成り立たない。それともう一つ。正しいことを言うだけではもう現代は価値が低い。Google先生に勝てる人間はいない。もちろんインターネットの情報は嘘もデマも出鱈目も有象無象の海だなんて事は当たり前だ。しかし人間が持ち得る知識の量と正確性はたかが知れている。人間に価値があるのは知識と知識を繋ぎ合わせて、さらに経験値と感覚を加えて新たな価値を生み出す点である。メモリーよりCPUに価値がある。とにかくここのところの、「あ!それ正しい!調べたらわかるだろ!間違えてる、はい論破!」という浅はかなやりとりに辟易している。
では、また。

