こんにちわ。本日は3月11日です。
今年で丸10年ですね。
あの震災は亡くなられた方々、残された方々はもちろん、日本だけでなく世界中の人々に大きな衝撃を与えた災害でしたね。
あの日。
僕はとある新しい現場に赴任されてやっとひと月たったという状況でした。
客先だったのですが自社の仲間はおらず、自分だけか赴任した状態でなかなかのアウェイでやっと少しだけ現場になれ始めたことでした。
今でも思い出しますが
東京の現場でさえ僕は生きてきた中で最も揺れた地震でした。
もちろん揺れた瞬間はどこが震源かも知る良さもなくあまりの揺れの大きさに命の危険すら感じました。そんな方も多くいたのではないでしょうか。
後から震源地は東北だと知り、あまりに大きな地震で何が起きているのかよくわからず、すぐに関東圏内の各社私鉄が運転を見合わせたと知りました。
その現場は自分の家から遠く(電車で2時間弱ほど)、もしかして帰れない??と思いながら、職場のお客さんは「ちょうど自転車買いたいと思っていたから今から買ってくる」と、近くの量販店に行ってましたがなんと店の前は長蛇の列だったといいます。(良い発想だと思いましたが同じことを考える人はたくさんいるもんですね)
そして結局電車が動いていないのと幸い金曜日だったので行けるところまで歩こうと決意し、革靴で長距離を歩きました。
大きな国道は車で大渋滞、歩道には自分と同じく歩いて帰路に着こうとする人たちで溢れ、ケータイの電波も混雑で繋がらず、とにかく震源地から遠い東京ですら大混乱していました。
結局、4時間ほど歩いた頃に私鉄が動き出し、その頃には少しケータイの電波もつながるようになったので疲れた身体で動き始めた電車に座りながらTwitterを覗くと、
東北地方の方々の被災した生々しい呟きが一気に目の前に溢れていました。
もうその頃は日が暮れていたのですが
海岸沿いにいた方の呟きが衝撃的で忘れられません。
うわあ、、
浜辺に、、浜辺に、、
たくさんの人が、、、
いや、
たくさんの死体が打ち上がってる、、
何人いるの?
すごくたくさん!!!
この呟き、すごく怖かった。
何が起きてるのかわからない。
そしてようやく自宅に着いた僕は
テレビでさらなる衝撃を覚えました。
原発事故です。
チェルノブイリのことは一度興味があり少し調べたこともあったので
とにかく日本がチェルノブイリと同じ状態になる??!
と恐れました。
それから、たくさんの被害状況や原発事故の推移を毎日のようにみていたあの頃、
やはり精神的にもかなり弱っていた気がします。
電力不足による計画停電などによって街灯は消され、
物流が滞りスーパーやコンビニの商品が品薄になり。
本当にこの世の中は一寸先は闇とよくいいますが、それを現実に目の当たりにした経験でした。
あれから10年。
被害に遭われた方々だけでなく、運良く命を救われた方や遠くに少なからず被災したと言っては良いのでしょうか。
10年経った今でも
あの震災で受けた苦しみから逃れられない人々もまだまだたくさんいます。
コロナも大変ですが
世の中、皆で助け合って生きていくことの尊さ、を忘れたくないですね。
では、また。
