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寝るより楽はなかりけり

システムエンジニアならではの話や音楽の話、時事ネタなどをつらつらと。
少しの人にだけでも刺さればそれでいい。

穏やかな日曜日である。今日は上の娘は学校の文化祭、下の娘と妻は近所に住んでいる従兄弟たちと公園に遊びに。というわけでお父さんはお家で1人お留守番である。


そんな日曜の昼下がりだが、本日はこちら。


コロナ禍を通じて炙り出される何か。


そう、「何か」と表現したのは理由があるのだが、あまり直接的な表現には問題があると感じるので「何か」に留めておく。


このコロナ禍となってもう一年半程度になる。人々は生活に制限をかけられ、業種によっては非常に厳しい経済的状況に追い込まれていると思う。事実、倒産企業や店舗が後を立たない。そんな中でどうも理屈のわからない意見のようなものが引っかかる。


例えば


オリンピック開催したんだから我々も我慢しなくていいということになりますよね?


だ。


は?


何を言っているのだろう。

もちろん感情的には理解できる。これは同情というものだ。しかしこの話は理屈としては成り立っていない。別にこのコロナ禍の中、我慢しなくていいと判断したから、オリンピックを開催することに決定したわけではない。どこまで対策をすれば開催しても良いか検討して判断した結果、開催することになったのだ。そもそも感染防止を共通の目的とした範囲内での判断なのに、なぜ「そっちもやるならこっちもやっていい」という話になるのか。もっと言えば、そう判断するなら勝手にすれば良いと思うのだ。現に都の要請に反して酒類提供の違反をしている飲食店もある。自己責任で判断すればいい。もちろん、めちゃくちゃやれば世間から、都から、国から罰されることもあるだろう。しかし一つ言えるのはどんな仕事においてもリスクがあり、制限がある。その中でじぶんがは生きるために、社会に価値を提供するためにその仕事で生きていくと覚悟しているはずだ。覚悟がなくとも世間はそう見る。長い目で見たときにそういう違反をしている商売な淘汰されると思う。生活がかかっているのは理解できるがそういう全てのリスクを背負って始めた仕事なのであれば、切り替えたら終わらせたりするのも自己の責任だと思う。ただし、完全に感染対策を「言われた通りにやってるというだけでなく」科学的に実施して、クラスターなどが発生しなければそれはその責任を全うしていると思うのだ。それを「オリンピックやったんだから俺らも我慢しなくていいよな」などという一見論理的なように見える感情論を振りかざすのはいかがなものかと思うのだ。端的に言えば頭悪いな、である。あ、言っちゃった。


では、また。